第24話 連署という力
評議会からの伝令が届いたのは、オルグレンの訪問から三日後のことだった。
「反論書ならびに意見の審議、来週の評議日に行うとの通知です」
思ったより早い。
オルグレンの宣言通り、事態は急速に動き出していた。
残された時間は、一週間もない。
ガレオスが伝令の紙を受け取り、目を通す。
「審議当日、俺一人の証言では、心もとない」
「連署、ですよね」
「ああ。もう一人、主任騎士以上の賛同者がいれば、当事者の重みが増す」
リーシャが、何かを思い出したように顔を上げた。
「テルト様なら、話を聞いてくださるかもしれません」
「テルトさん?」
「主任騎士の一人です。記録管理の在り方に、以前から関心を持たれている方だと聞いています」
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テルトの執務室は、記録管理局の隣にあった。
扉を叩くと、気だるげな声が返ってくる。
「開いてるよ」
中にいたのは、長い耳を持つ女性だった。
エルフだと、一目でわかった。
書類の山に囲まれながら、涼しい顔で羽根ペンを走らせている。
壁一面の棚には、色あせた背表紙の書類が、整然と、しかし隙間なく詰め込まれていた。
その量だけで、この人物がどれほど長く記録管理に携わってきたかが伺えた。
「主任騎士のテルトです。それで、ご用件は」
淡々とした口調だったが、目だけは、こちらを値踏みするように見ていた。
ハルトは事情を、一から説明した。
勅命の任命記録、反論書、そしてオルグレンとの対決。
話を聞く間、テルトの表情はほとんど動かなかった。
だが、話が終わると、ふっと小さく息を吐いた。
「そうなんだよね」
「え?」
「記録管理局の通達、あれ変だなと思ってた。儀礼上の称号だなんて、任命記録を見ればすぐわかる矛盾なのに」
テルトは羽根ペンを置き、こちらに向き直った。
「連署の話でしょ。いいよ、乗るよ」
思っていたよりずっと軽い返事だった。
「本当にいいんですか。オルグレン様を、正面から敵に回すことになりますが」
「別に、今更だよ」
テルトは、どこか投げやりな調子で言った。
「私はもう長いこと、記録管理の仕事してる。……こういう歪みを見つけたとき、見過ごすかどうかの話でしかない」
その言い方には、単なる正義感とは違う何かが滲んでいた。
まるで、自分自身の仕事の意味を、試しているような響きだった。
「テルトさんは、どうしてそこまで記録管理の仕事に詳しいんですか」
「さあ。気づいたら、こういう細かいことばかり気にする性分になってた」
はぐらかすような答えだったが、拒絶ではなかった。
「まあ、いずれ話すこともあるかもね」
その一言だけを残し、テルトはまた羽根ペンを取った。
何か、まだ明かされていない事情がありそうだった。
だが今は、それを追及するより、目の前の準備を優先すべきだと、ハルトは判断した。
■■■
連署の書類は、その日のうちに整った。
テルトの署名と印が、ガレオスの隣に並ぶ。
「これで、当事者は二人になった」
ガレオスが、満足げに頷いた。
「評議会規則の上でも、これで扱いが変わるはずだ」
リーシャが、書類を丁寧に折りたたみながら言った。
「あとは、審議当日をどう乗り切るか、ですね」
「証拠は揃っている。あとは、伝え方の問題だ」
「評議会には、何人くらいの方がいらっしゃるんですか」
「常任は五名。議長はオルグレン様だ」
「議長が、相手側なんですね」
「ああ。だが、残り四名のうち二名は、これまで団の労働環境の変化を、悪くは思っていない様子だった」
ガレオスの言葉に、わずかな希望が見えた。
「残りの二名は」
「一人は日和見だ。もう一人は、オルグレン様に近い」
五対一の絶対的な劣勢ではない。
だが、油断できる状況でもなかった。
ガレオスの言葉に、ハルトは頷いた。
社労士としての知識と、勅命という盾。
それを、どう審議の場で説得力のある形に組み立てるか。
「一つ、気になることがあります」
リーシャが、控えめに口を挟んだ。
「オルグレン様が本当に怖いのは、激高したときじゃなくて、冷静なままこちらの主張を切り崩してくるときです」
鋭い指摘だった。
「感情に訴えるだけでは、あの方には通用しません。条文と事実の積み重ねだけが、対抗できる武器だと思います」
リーシャの言葉に、ハルトは深く頷いた。
これまでの戦い方を、そのまま貫くしかない。
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その夜、執務室に戻ったハルトのもとに、テルトがふらりと顔を出した。
「準備、手伝おうか」
「いいんですか。もう署名までいただいたのに」
「暇なんだよ、意外と」
そう言いながらも、テルトは手際よく、審議で想定される反論をいくつも挙げていった。
「オルグレン様は、絶対に『団の秩序』を持ち出してくる。そこへの返しは考えてる?」
「まだ、完全には」
「じゃあ、一緒に考えよう」
その手つきは、思っていたよりずっと的確だった。
ただの気まぐれな協力者ではない。
何か、この人にも譲れない理由があるのかもしれない。
そう感じながらも、ハルトはその疑問を、今は胸の内にしまっておいた。
「評議日、私も証言するよ。ガレオスの証言だけじゃ、心もとない部分もあるだろうからね」
テルトの申し出に、ハルトは驚いた。
「証言まで、していただけるんですか」
「連署した以上、中途半端な関わり方はしない主義でね」
その言葉には、これまでのどこか気だるげな態度とは違う、確かな芯があった。
リーシャが、テルトに向かって深く頭を下げた。
「本当に、ありがとうございます」
「礼はいいよ。これは、私自身のためでもある」
その一言の意味を、ハルトはまだ完全には掴めていなかった。
だが、聞くべき時が来れば、テルト自身が話してくれる。
そんな予感だけが、静かに胸に残った。
想定問答を紙に書き出し、条文の引用箇所を何度も確認する。
「オルグレン様が『団の秩序のため』と言ってきたら、こう返そう」
テルトが、するすると文案を書き足していく。
「秩序と、個人の権利は、本来対立するものじゃない。両方を成り立たせる仕組みこそが、法典の役割のはずです、と」
「いいですね、それ」
「実務でよく使う言い回しだよ。対立構造に見せかけて、実は両立できる、という論法」
リーシャが、その文案を丁寧に清書していく。
羽根ペンの音だけが、静かな部屋に響いていた。
夜が更けるほどに、三人の間には、これまでとは違う一体感が生まれていた。
一人では立てなかった場所に、今は三人がいる。
その事実だけで、審議への不安が、いくらか和らいでいくのを、ハルトは感じていた。
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【ひとくち労務コラム】
労働基準法104条は、労働者が法違反を労働基準監督署に申告できると定めていますが、実務では一人での申告より、複数人や労働組合を通じた申し入れの方が、使用者側の対応が変わりやすいとされています。今回ガレオスとテルトの二人が名を連ねたことで反論書の重みが増したのも、似た構造です。人数がそのまま説得力になるわけではありませんが、後ろ盾があることは交渉の場で確かな意味を持ちます。




