第七話 旅立ち
第二章 桃の章
第七話 旅立ち
桃色の光が、家の中を満たしていた。
鬼神族は思わず足を止める。
「やはり……。」
鬼神の一人が低く呟く。
「聖剣《桃光》。」
桃華は静かに剣を構えた。
「ここから先へは行かせない。」
鬼神族は一斉に襲いかかる。
鋼がぶつかり合う音が山里に響いた。
鬼神族の剛剣を、桃華は紙一重でかわす。
その動きは、記憶を失っていた少女のものではない。
幾度となく剣を振るい、天界を護ってきた《桃》の化身、そのものだった。
一閃。
桃色の光が弧を描き、一体の鬼神が膝をつく。
二閃。
炎をまとった槍が真っ二つに断ち切られる。
鬼神たちは驚愕した。
「記憶が戻ったか……。」
隊長格と思しき鬼神が、静かに剣を下ろす。
「今日は退く。」
「だが忘れるな、桃の娘。」
「朱天様は、お前を待っておられる。」
鬼神族は黒い霧に包まれ、山の彼方へと姿を消した。
静寂が戻る。
桃華はゆっくりと聖剣を納める。
振り返ると、じいさんとばあさんが立っていた。
二人は何も言わない。
ただ、優しく微笑んでいた。
桃華は深く頭を下げる。
「……黙っていて、ごめんなさい。」
じいさんは首を横に振った。
「謝ることじゃない。」
「お前さんにも、話せん事情があったんじゃろう。」
ばあさんも穏やかに笑う。
「桃華という名前も、きっと素敵な名前なんだろうね。」
その言葉に、桃華の胸が熱くなる。
「でも……。」
ばあさんは続けた。
「わたしたちにとっては、お前さんは桃太郎だよ。」
桃華の瞳から、涙が一筋こぼれ落ちた。
「ありがとうございます……。」
その夜。
囲炉裏には、いつもと変わらぬ夕餉が並んでいた。
焼き魚。
山菜の煮物。
味噌汁。
決して豪華ではない。
それでも桃華にとっては、天界のどんなご馳走より温かい食卓だった。
食事を終えた頃、桃華は静かに口を開く。
「私は、旅に出ます。」
じいさんは静かに頷く。
「じゃろうな。」
「鬼たちは、お前さんを追ってくる。」
「ここにおれば、この村が危ない。」
桃華は俯いた。
「ごめんなさい。」
「また謝る。」
じいさんは苦笑する。
「人はのう。」
「守りたいものがある時、旅に出るもんじゃ。」
「わしらも若い頃はそうだった。」
ばあさんが、小さな包みを取り出す。
「明日の朝、持っていきな。」
桃華は包みを受け取り、不思議そうに見つめた。
「きびだんごだよ。」
「旅は、お腹が空くからね。」
桃華はその包みを胸に抱いた。
「ありがとうございます。」
その夜は遅くまで眠れなかった。
囲炉裏の火が小さく揺れる。
じいさんの寝息。
ばあさんの穏やかな呼吸。
この家で過ごした日々が、走馬灯のようによみがえる。
本当の家族ではなかった。
けれど、本当の家族以上に温かかった。
翌朝。
山の稜線から朝日が昇る。
桃華は旅支度を整え、聖剣《桃光》を腰に差した。
じいさんが静かに言う。
「桃華。」
桃華は振り返る。
「世界を救う者であっても、帰る場所を忘れるな。」
ばあさんも微笑んだ。
「疲れたら、いつでも帰っておいで。」
桃華は深く頭を下げる。
「はい。」
「必ず。」
老夫婦に背を向け、一歩踏み出した、その時だった。
「待ちなさい。」
道端の大岩に、一人の老人が腰を下ろしていた。
白髪を長く垂らし、一本の杖を手にしている。
いつからそこにいたのか、誰にも分からない。
老人は桃華を見つめ、静かに言った。
「桃の娘よ。」
「お前には、これより三つの試練が待っている。」
桃華は足を止める。
「三つの試練……?」
老人は杖で地面に三本の線を描いた。
「その試練を越えるには、三つの力が必要となる。」
一本目の線を指す。
「犬――すなわち、忠義。」
二本目。
「猿――すなわち、知恵。」
三本目。
「鳥――すなわち、天を翔ける導き。」
桃華はその三本の線を見つめる。
老人は微笑んだ。
「姿を追うでない。」
「その心を探せ。」
風が吹いた。
桃の花びらが舞い上がる。
桃華が目を閉じ、再び開いた時。
そこに老人の姿はなかった。
ただ、三本の線だけが、大地に静かに刻まれていた。
桃華は空を見上げる。
「犬、忠義。」
「猿、知恵。」
「鳥、導き。」
その言葉を胸に刻み、一歩、また一歩と歩き始める。
懐には、きびだんご。
腰には、聖剣《桃光》。
そして胸には、「桃太郎」と呼んでくれた二人の想い。
こうして桃華は、新たな仲間との出会いを求め、最初の試練が待つ旅路へと歩み始めた。




