第二十五話 斉天大聖
第六章 鬼の章
第二十五話 斉天大聖
鬼ヶ島。
雷によって開かれた突破口は、すでに鬼たちによって埋め尽くされようとしていた。
「次から次へと……!」
白馬の背で身体をひねり、桃華は聖剣を振るう。
一閃。
一匹の鬼が黒い霧となって消える。
だが、その向こうから二匹。
さらにその後ろから三匹。
倒しても、倒しても。
鬼たちは洞窟を守るように押し寄せてくる。
「桃華様、右です!」
雉牙の声。
桃華が振り返る。
白馬の右側から巨大な金棒が迫る。
小白龍が身を翻そうとしたが、別の鬼が前を塞いでいた。
「――っ!」
その瞬間。
ガンッ!
横から伸びた棍が金棒を受け止めた。
「蜜秋!」
「よそ見しちゃ駄目だよ!」
蜜秋は棍をひねる。
鬼の金棒を弾き飛ばし、そのまま懐へ潜り込んだ。
「そりゃ!」
腹部へ一撃。
鬼の巨体が吹き飛ぶ。
蜜秋は桃華の前へ立つと、周囲を見渡した。
鬼。
鬼。
鬼。
海岸から洞窟までを埋め尽くすほどの軍勢。
身外身の術で生み出した猿たちも戦っているが、その数は少しずつ減っていた。
蜜秋がため息をつく。
「……さすがに、そろそろ限界かな。」
金時が大斧で鬼を薙ぎ払いながら叫ぶ。
「何がじゃ!」
「一匹ずつ相手するのが!」
蜜秋は棍を肩へ担いだ。
そして洞窟を見据える。
「いっぺんに道を作るよ。」
桃華が振り返る。
「道を?」
「うん。」
蜜秋は棍を地面へ突き立てた。
そして――。
額に巻かれていたバンダナへ手を掛ける。
「これ、ずっと邪魔だったんだよね。」
するり。
布が解かれ、風に舞った。
その下から現れた額を見て、雉牙が息を呑んだ。
「……それは。」
額を一周するように、くっきりと残された古い痕。
まるで何かが、長い年月にわたって強く食い込んでいたかのような痕だった。
雉牙の顔色が変わる。
「まさか……。」
凰は扇で口元を隠しながら、面白そうに目を細めた。
「ほう。」
蜜秋はそんな二人を気にすることなく、手にした棍を見つめる。
「久しぶりに、本気で働いてもらおうかな。」
棍を両手で構える。
鬼たちが一斉に襲い掛かった。
「潰せ!」
「小娘どもを殺せ!」
蜜秋は不敵に笑った。
そして叫ぶ。
「伸びろ――」
棍の先端を洞窟へ向ける。
「如意棒!」
轟ッ!!
棍が一瞬にして伸びた。
「なっ――!」
一直線。
押し寄せていた鬼たちを次々と弾き飛ばし、あるいは貫きながら、如意棒は凄まじい勢いで洞窟の入口へ向かって伸びていく。
一匹。
十匹。
数十匹。
鬼の軍勢が左右へ吹き飛ばされた。
大地が抉れる。
土煙が舞う。
そして――。
轟音とともに、如意棒の先端が洞窟の入口へ突き立った。
一瞬の静寂。
桃華の目の前から洞窟まで。
鬼の群れを真っ二つに割るように、一本の道が出来ていた。
「……。」
桃華は言葉を失う。
金時も大斧を肩へ戻した。
「なんじゃ……あれは。」
雉牙だけは違った。
額に残る輪の痕。
自在に伸びる棍。
そして――如意棒。
その全てを知っていた。
「やはり……。」
雉牙は蜜秋を見つめる。
「斉天大聖様だったのですね。」
桃華が振り返る。
「斉天……大聖?」
蜜秋は頭を掻いた。
「あー……。」
困ったように笑う。
「やっぱり、分かっちゃった?」
雉牙は深々と頭を下げた。
「如意金箍棒を目の前で見せられて、分からぬ者はおりますまい。」
「そっかぁ。」
蜜秋はため息をつく。
「けっこう気に入ってたんだけどなぁ。謎の美少女・蜜秋。」
金時が眉をひそめる。
「待て。」
大斧を担いだまま蜜秋を見る。
「斉天大聖というと、あの斉天大聖か?」
「どの斉天大聖?」
「一人しかおらんじゃろ!」
凰が声を上げて笑った。
「はっはっはっ! なるほどのう!」
扇を広げる。
「小白龍がヌシを見て妙な反応をしておった理由も、これで分かったわ。」
蜜秋は頬を膨らませた。
「もう、みんなして。」
その時。
左右へ吹き飛ばされた鬼たちが、再び起き上がり始めた。
蜜秋の表情が変わる。
「……ま、詳しい話はあと。」
如意棒を振る。
瞬く間に縮んだ棒が、再び蜜秋の手へ収まった。
そして洞窟まで開いた道を指差す。
「道は作ったよ。」
桃華は洞窟を見る。
その奥から感じる、朱天の気配。
聖剣を強く握った。
「行きましょう。」
「おう!」
金時が大斧を担ぐ。
凰が扇を広げる。
蜜秋も如意棒を肩へ乗せた。
四人が走り出そうとした、その時――。
「ここは我らにお任せください!」
雉牙だった。
雉衆が次々と舞い降り、四人の後方へ陣を組む。
「追手は我らが食い止めます!」
桃華は一瞬迷った。
「ですが――」
「我らは何のために鬼ヶ島まで参ったとお思いですか。
追手は我らが食い止めます!」
雉牙だった。
雉衆が次々と舞い降り、四人の後方へ陣を組む。
「桃華様の道を開くためです。」
桃華は一瞬迷った。
「ですが――」
雉牙は槍を構えた。
「ここは我らにお任せください!」
その時だった。
「――俺達も混ぜてもらおうか!」
聞き慣れない声が響いた。
上空から二つの影が降ってくる。
ズンッ!
地面を揺らして着地したのは、大柄な二人の男。
一人は九歯の馬鍬を肩に担ぎ、もう一人は宝杖を手にしていた。
蜜秋が目を見開く。
「……え?」
二人は鬼の群れへ向き直る。
「俺達が後ろを守ります。」
「安心して行って下さい。」
蜜秋は二人を見つめたまま動かない。
その顔から、いつもの軽薄な笑みが消えていた。
「浄壇使者……」
一人を見る。
そして、もう一人へ。
「金身羅漢……」
大柄な男は困ったように頭を掻いた。
「なんですか、それ。」
蜜秋が目を瞬く。
男はニッと笑う。
「そんなよそよそしい呼び方じゃなくて。」
九歯の馬鍬を肩へ担ぐ。
「昔みたいに活入れてくださいよ、アニキ。」
「…………」
蜜秋は二人を見つめた。
遠い昔。
天竺へ続く果てしない道。
口喧嘩をし。
腹を空かせ。
妖怪と戦い。
何度も三蔵に叱られながら、それでも共に歩き続けた二人。
あの頃の仲間が、目の前にいる。
蜜秋は俯いた。
そして――。
顔を上げた時。
そこにいたのは「謎の美少女・蜜秋」ではなかった。
不敵な笑みを浮かべる。
かつて天界を騒がせた、斉天大聖。
「……ブタ!」
浄壇使者が笑う。
「おう!」
「カッパ!」
金身羅漢も宝杖を構えた。
「おう!」
蜜秋は如意棒を肩へ担ぐ。
「遅れを取るんじゃねぇぞ!」
二人は声を揃えた。
「おう!!」
金時が目を丸くする。
「……お主、そんな喋り方もするんじゃな。」
蜜秋は我に返った。
「……あ。」
凰が扇で口元を隠す。
「ほほう。そちらが素か。」
「違うから!」
「何が違うんじゃ?」
「今のなし! 忘れて!」
金時が豪快に笑った。
「無理じゃ!」
桃華も思わず笑みをこぼす。
だが、浄壇使者は振り返らなかった。
九歯の馬鍬を構え、押し寄せる鬼を睨みつける。
「さあ、行って下さい。」
金身羅漢も宝杖を地面へ突き立てた。
「ここは我らが引き受けます。」
その左右へ雉牙たちが並ぶ。
鳥の戦士たち。
そして、かつて天竺まで斉天大聖と旅した二人。
蜜秋はしばらく二人の背中を見つめていた。
やがて――。
「頼んだよ。」
今度は、蜜秋として言った。
浄壇使者は振り返らずに片手を上げる。
「任せろ、アニキ。」
金身羅漢も笑った。
「お気をつけて。」
蜜秋は如意棒を握り直した。
「行こう、桃華。」
「はい!」
桃華は白馬の手綱を握り直した。
「小白龍、参りましょう。」
『承知。振り落とされるなよ。』
白馬が力強く地面を蹴る。
金時が大斧を担ぎ、その横を走る。
蜜秋は如意棒を肩へ乗せる。
凰は扇を広げ、ふわりと宙へ舞った。
四人と一頭は、蜜秋が切り開いた一本道を洞窟へ向けて駆け出した。
背後から轟音が響く。
「さて!」
浄壇使者が九歯の馬鍬を振り上げる。
「久しぶりに暴れるか、沙悟浄!」
「その名で呼ばれるのも、久しぶりですね。」
金身羅漢が宝杖を構える。
二人の前には、再び押し寄せてくる鬼の大群。
そして頭上には雉衆。
雉牙が槍を前へ向けた。
「一匹たりとも通すな!」
雄叫びが響く。
その声を背に受けながら、桃華たちは洞窟の闇へ飛び込んでいった。




