表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
24/30

第二十四話 鬼ヶ島

第六章 鬼の章


第二十四話 鬼ヶ島


鬼ヶ島――。


島の中央に穿たれた巨大な洞窟。


その最深部。


鬼神族の旗が幾重にも掲げられた広間で、一人の男が静かに目を閉じていた。


漆黒の甲冑。


腰には妖しく輝く狂剣。


鬼神族を率いる、暁の化身――朱天。


その前に二人の鬼が跪いていた。


右臣。


そして左臣。


「朱天様。」


右臣が深く頭を下げる。


朱天は目を閉じたまま答えた。


「分かっている。」


ゆっくりと目を開く。


「聖剣の気配が近付いておるな。」


「はっ。」


左臣が顔を上げる。


「忌々しい天界の小娘め。」


朱天は小さく鼻を鳴らした。


右臣が尋ねる。


「いかがいたしましょう。」


「放っておけ。」


朱天は再び目を閉じる。


「ここまでは来られぬよ。

 だが、万が一の時は――」


右臣と左臣が同時に頭を垂れた。


「はっ。我ら二将が朱天様をお守りいたします。」


朱天は二人を一瞥する。


「頼もしいことだ。」


そして腰の狂剣へ手を添えた。


「しかし、奴らは勘違いしているな。」


「勘違い……でございますか?」


「聖剣は、邪の力を鎮め、屠るために鍛えられたもの。」


朱天は静かに立ち上がる。


「何故あの娘に託したのかは知らぬが――」


その口元に薄い笑みが浮かぶ。


「私は暁の化身。邪ではない。」


右臣と左臣が黙って朱天を見つめる。


「聖剣の力で、この私を止めることなど出来ぬというのに。」


朱天は腰の狂剣から手を離した。


そして、ふと思い出したように二人へ問いかける。


「……お前たち。

 我ら化身が、どうやって生まれるか知っているかね。」


突然の問いに、右臣と左臣は顔を見合わせた。


やがて右臣が頭を下げる。


「いえ。存じ上げませぬ。」


「そうか。」


朱天は静かに目を閉じた。


「そこに信仰を見出され、人々の祈りによって生まれるのが神。

 そして我ら化身は、長い年月の間、そのものに蓄えられた精気の中から生まれる。」


暁。桃。鋼。


森羅万象に宿り、積み重ねられた力が、いつしか意思を持つ。


それが化身。


朱天はゆっくりと目を開いた。


「ならば――」


その声には、怒りとも悲しみともつかぬ響きがあった。


「なぜ、我ら化身は神にはなれぬのだろうな?」


右臣と左臣は答えない。


いや。


答えられない。


朱天は自嘲するように笑った。


「ある意味では、我らの方が神よりも、そのものに近い存在であるはずなのに。」


暁の化身は暁そのものから生まれた。


桃の化身は桃そのものから生まれた。


それでも人々が祈りを捧げるのは、神。


化身ではない。


「…………」


長い沈黙が広間を支配した。


その時だった。


ゴロゴロゴロ……。


遠くから雷鳴が響いた。


朱天がわずかに眉を動かす。


次の瞬間――。


轟ッ!!


島全体が揺れた。


洞窟の天井から砂埃が落ちる。


続けざまに二発、三発。


轟音が鬼ヶ島を震わせる。


右臣が立ち上がった。


「何事だ!」


一匹の鬼が広間へ駆け込んでくる。


「申し上げます!

 敵襲! 敵が空より――!」


朱天は僅かに口元を緩めた。


「ほう、来たか。」


     ◇


雷撃によって大きく開いた鬼の群れ。


そこへ四つの影が降り立った。


白馬に跨る桃華。


金時。


蜜秋。


そして凰。


辺りには雷を受けた鬼たちが倒れている。


ある者は地面へ伏し、ある者はその身体を黒い霧へと変え、風の中へ消えていく。


しかし――。


「……多いですね。」


桃華が聖剣を抜く。


見渡す限り、鬼。


雷撃によって一時は崩れた隊列も、すぐに立て直されていた。


前から。


後ろから。


左右から。


次々と鬼たちが集まってくる。


金時は大斧を肩に担ぎ、辺りを見回した。


「すっかり囲まれておるのう。」


蜜秋が呆れたように答える。


「当たり前じゃん。」


棍をくるりと回す。


「鬼の群れのど真ん中に穴開けて、そこへ飛び込んだんだから。」


「それもそうじゃな。」


金時は豪快に笑った。


凰は扇で口元を隠す。


「まあ、有象無象がいくら集まったところで問題あるまい。」


「同感じゃ!」


金時が地面を蹴った。


巨体が宙を舞う。


「ぬおおおおおっ!」


振り上げられた大斧が、真正面の鬼へ叩き込まれる。


轟音。


鬼の巨体が地面へ叩き伏せられ、そのまま黒い霧となって消えていった。


「次じゃ!」


別の鬼が金棒を振り下ろす。


金時は大斧の柄で受け止めると、そのまま力任せに押し返す。


「その程度か!」


横薙ぎの一撃。


数匹の鬼がまとめて吹き飛んだ。


「相変わらず力任せだねぇ。」


蜜秋が笑う。


「じゃ、僕も。」


自らの髪を数本引き抜く。


ふっ――。


息を吹きかけた。


「身外身の術!」


白煙が弾ける。


次の瞬間。


数十匹の猿が桃華たちの周囲へ現れた。


棍を持つ猿。


石を持つ猿。


素手で飛び掛かる猿。


「行っといで!」


蜜秋が棍を前へ突き出す。


猿たちは一斉に鬼の群れへ飛び込んだ。


「キキィッ!」


一匹が鬼の頭へ飛び乗る。


別の猿が足を払う。


倒れたところへさらに数匹。


「こら! 髪を引っ張るな!

 鼻に指入れるのもなし!」


金時が戦いながら振り返る。


「お主が出した猿じゃろうが!」


「細かい命令までは聞かないんだよ!」


「難儀な術じゃのう!」


その頭上を幾つもの影が横切った。


雉衆だった。


天鳥船から次々と舞い降りてくる。


「桃華様をお守りしろ!」


雉牙の号令が響く。


翼を持つ者は槍を構え、そのまま急降下。


鬼の肩口を貫く。


後方からは弓兵が矢を放つ。


次々と鬼の身体へ矢が突き立った。


そして、人の姿を取れぬ鳥たちもいた。


一羽の大雉が鬼の顔面へ飛び掛かる。


「ぐわっ!」


鋭い嘴が鬼の目を突いた。


「目が! 目がぁ!」


羽ばたきながら離脱する大雉。


別の鳥が入れ替わるように襲い掛かる。


空と地上。


双方からの攻撃に、鬼の包囲が少しずつ崩れていった。


その中心で、桃華は聖剣を振るう。


襲い掛かる鬼の一撃をかわし、身体を沈める。


一閃。


聖剣が鬼の身体を斬り裂いた。


傷口から黒い霧が噴き出す。


「ぐおおおおっ!」


鬼は膝をつき、その姿を霧へ変えて消えていった。


桃華は聖剣を構え直す。


「まだ来ます!」


「次から次へと……!」


蜜秋が棍で鬼を殴り飛ばす。


「きりがないね!」


金時は楽しそうに笑った。


「鬼ヶ島なんじゃから、鬼ならいくらでもおるじゃろう!」


その一方。


凰は――。


「……暇じゃのう。」


戦場の真ん中で退屈そうに扇を仰いでいた。


桃華が思わず振り返る。


「凰様?」


「金時は暴れておる。

 蜜秋も遊んでおる。

 雉の者どもも張り切っておる。」


凰は頬を膨らませた。


「わらわの相手がおらぬではないか。」


その背後、一匹の巨大な鬼が忍び寄っていた。


両手に握られた金棒が、凰の頭上高く振り上げられる。


「凰様!」


桃華が叫ぶ。


鬼が金棒を振り下ろした。


だが、凰は振り返ろうともしない。


「やかましいのう。」


扇を――。


一振り。


ぼっ。


小さな炎が生まれた。


次の瞬間。


轟ッ!!


炎は巨大な火柱へ変わり、襲い掛かった鬼を一瞬で呑み込んだ。


「ぐあああああっ!」


悲鳴は一瞬だった。


炎が消えた時。


そこには、黒く焼け焦げた地面しか残っていなかった。


凰は何事もなかったかのように扇を閉じる。


「有象無象がいくら集まろうと無駄じゃ。」


その瞳が赤く輝く。


「わらわの炎で、まとめて消し炭にしてくれようぞ。」


周囲の鬼たちが一斉に後ずさった。


蜜秋がぽつりと呟く。


「……凰。」


「なんじゃ?」


「暇なら最初からそれやってよ。」


「嫌じゃ。」


凰は即答した。


「ヌシらの見せ場がなくなるではないか。」


「そういう問題?」


金時の豪快な笑い声が戦場に響いた。


だが――。


桃華だけは笑っていなかった。


聖剣を握ったまま、島の中央を見つめている。


その先。


黒い山肌にぽっかりと口を開けた巨大な洞窟。


そして、その奥から感じる、忘れるはずもない気配。


「……朱天。」


桃華は小さくその名を呼んだ。


聖剣が、微かに震えた。


鬼ヶ島の戦いは、まだ始まったばかりだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ