第二十三話 鬼ヶ島の空
第五章 鳥・導きの章
第二十三話 鬼ヶ島の空
宝船は穏やかな風を受け、瀬戸の内海の上を進んでいた。
船首に立った桃華は、潮風を受けながら遠くを見つめていた。
「これほど大きな海を見るのは初めてです。」
金時は静かに笑う。
「瀬戸の内海は昔より海の要衝じゃ。」
桃華は眼下に広がる景色を見つめる。
「……旅というものは、これほど景色が変わるものなのですね。」
金時は笑った。
「桃華殿は旅は初めてか。」
「はい。天界を出たのも、今回が初めてです。」
金時は船縁へ歩み寄り、遥か彼方を指差した。
「右に見えるのが淡路国。
その向こう、水平線に見える山々が伊予の二名の島じゃ。」
桃華は目を細める。
「かなり大きな島ですね。」
「うむ、一つの島に四つの国がある。
わしの母上も、あの伊予の二名島の生まれだそうじゃ。」
桃華は少し驚いたように振り返る。
「そうだったのですか。」
「親父殿が山へ来るまでは、あちらで暮らしておったらしい。」
金時は懐かしそうに笑う。
「もっとも、わしは見たこともないがの。」
しばらく海を眺めたあと、小さく笑った。
「旅はいいぞ。見聞を広めるにも、自分を知るにもな。」
大斧を肩へ担ぐ。
「山で熊と相撲ばかり取っておった頃のわしは、自分が一番強いと思っておった。
今思えば、井の中の蛙じゃった。」
蜜秋が笑う。
「でも、その熊には負けたことあるんでしょ?」
「ある。」
金時はあっさり頷いた。
「たまにな。」
桃華が思わず吹き出す。
三人の笑い声が、青空へ溶けていった。
右手を水平線へ向けた。
「我らが向かう女木島は讃岐国の沖。
もうすぐ見えてくる群島の一つじゃ。」
その時だった。
遠くの空が黒く染まり始める。
やがて島影が見えてきた。
しかし、島の上空だけが、まるで夜のような暗雲に覆われている。
凰が眉をひそめる。
「自然の雲ではないな、鬼気じゃ。
鬼気が渦巻いておる」
蜜秋も目を細めた。
「歓迎されてる感じじゃないね。」
船がさらに近付く。
断崖の上には無数の黒い影。
数百を超える鬼たちが岸壁を埋め尽くしていた。
金時が鼻を鳴らす。
「ずいぶんと待ち構えとるの。」
鬼たちは一斉に何かを持ち上げた。
蜜秋が首を傾げる。
「石?」
その瞬間、黒い影が空を覆う。
「そんな石礫、当たらんよ。」
雉牙が叫んだ。
「違います!あれは石ではございません!
岩です!」
見る見るうちに巨大さを増していく。
遠目には小石ほどにしか見えなかった。
だが鬼の怪力で投げ放たれたそれは、人の身の丈の半分ほどもある巨大な巌だった。
「宝船を守れ!」
雉牙の号令が響く。
四隻の天鳥船が一斉に前へ躍り出た。
宝船を囲むように陣形を組む。
轟音。
最初の巌が天鳥船へ激突する。
続いて二つ。
三つ。
岩の雨が空を埋め尽くした。
福禄寿は静かに息を吐く。
「これでは近付けぬの。」
毘沙門天が槍を握る。
「露払いが必要だな。」
その時。
ゴロゴロ……。
天が鳴った。
金時は空を見上げ、口元を緩める。
「おお。親父殿も、たいそうお怒りのようじゃ。」
桃華が尋ねる。
「武御雷神様ですか?」
「うむ。」
金時は笑う。
「この雷鳴は親父殿の機嫌がよう分かる。」
再び空が光る。
雉牙が振り返る。
「どうしますか!
このままでは島へ近付けません!」
毘沙門天が当然のように言った。
「ならば飛び降りればよい。
皆、空を飛べるのであろう?」
その場が静まり返る。
金時が困ったように頭を掻く。
「……わしは空を飛べるようには出来ておらんのじゃが。」
小白龍が笑う。
「案ずるな。」
迦楼羅も翼を広げた。
「我らがお連れしよう。」
金時は満足そうに頷いた。
「ならば。」
大斧を肩へ担ぐ。
「わしは鬼どもに風穴を開けるとするか。」
黄金の髪が風になびく。
「これだけ親父殿がお怒りなら、普段の数倍は雷が落ちそうじゃ。」
金時はゆっくりと大斧を天に掲げた。
その瞬間。
黄金の髪が眩く輝く。
轟音。
天が裂けた。
幾筋もの雷が鬼ヶ島へ降り注ぐ。
轟ッ!!
轟ッ!!
轟ッ!!
雷光は岸壁を薙ぎ払い、鬼の群れを呑み込んだ。
悲鳴が響く。
隊列が崩れる。
金時は豪快に笑った。
「今じゃ! わしの雷が道を開いた! 落ちた所目掛けて飛び込め!」
「さあ我にお乗りください」
近づく白馬に跨った桃華は聖剣の柄を握る。
蜜秋は棍を肩へ担ぐ。
凰は扇を広げ、不敵に笑う。
雉牙は翼を広げた。
「参ります!」
次の瞬間。
宝船から英雄たちが一斉に大空へ飛び出した――。




