第二十二話 天翔ける宝船
第五章 鳥・導きの章
第二十二話 天翔ける宝船
鬼無の里の広場に、鳥たちのざわめきが広がった。
「来たぞ!」
誰かの声に、一同が空を見上げる。
雲海を突き破るように、一隻の巨大な帆船が姿を現した。
純白の帆を風に受け、黄金の装飾を纏ったその船は、まるで天そのものを航海しているかのようだった。
船首には、大きく「寶」の文字。
「……あれは。」
桃華は思わず息を呑む。
「宝船……。」
ゆっくりと地上へ降り立つ宝船。
渡り板が下ろされると、一人、また一人と神々が姿を現した。
打ち出の小槌を肩に担ぐ大黒天。
釣竿を携えた恵比寿。
琵琶を抱く弁財天。
長い杖と巻物を携えた福禄寿。
鹿を従えた寿老人。
武具に身を包んだ毘沙門天。
そして、大きな袋を肩に担ぎ、福々しい笑みを浮かべる布袋。
七柱は桃華たちの前まで歩み寄る。
福禄寿が穏やかに一礼した。
「我ら七福神。義により参上した。」
桃華も深く頭を下げる。
「お力添え、ありがとうございます。」
福禄寿は小さく笑った。
「いやいや。 昔から『鬼は外、福は内』と言ってな。 鬼退治と福の神は、昔から縁が深いものよ。」
少し笑みを浮かべる。
「しかし、勘違いしてもらっては困る。 我らは福の神。 この宝船も福を運ぶ船であって、戦艦ではない。」
金時が首を傾げる。
「つまり?」
「鬼退治は期待せんでくれ、ということじゃ。」
福禄寿は苦笑しながら隣を見る。
「うちで戦力になるのは毘沙門天くらいじゃ。」
毘沙門天は腕を組み、鼻を鳴らした。
「……一人で十分だ。」
その言葉に、大黒天が腹を抱えて笑う。
「はっはっはっ!
また始まったわい!」
恵比寿も肩をすくめた。
「戦となると、この御方はいつもこうです。」
広場が笑いに包まれる。
福禄寿は改めて桃華へ向き直った。
「しかし約束しよう。
お主らを鬼ヶ島まで、無事に送り届ける。
それが我らの務めじゃ。」
桃華は力強く頷いた。
「よろしくお願いいたします。」
「まあ、わしらは戦いで手を貸せんが、共に戦いたいと言う者を幾人か連れてきたぞ」
その時だった。
宝船の奥から、八人の戦士が静かに姿を現す。
「我は天部。」
「我は小白龍。」
「夜叉。」
「乾闥婆。」
「阿修羅。」
「迦楼羅。」
「緊那羅。」
「摩睺羅伽。」
八人は揃って一礼した。
「天龍八部衆。闘戦勝仏への義によりて参上した。」
小白龍はゆっくりと蜜秋へ視線を向ける。
目を細め、懐かしそうに微笑んだ。
「久しいな、そ――」
「しーっ!」
蜜秋は慌てて人差し指を口元へ当てる。
そのまま耳元へ近づき、小声で囁いた。
「ごめんね。
今はいろいろ訳があって、謎の美少女・蜜秋ってことになってるんだ。」
小白龍は一瞬ぽかんとしたあと、小さく笑った。
「……相変わらずだな。
そ――いや、蜜秋か。」
二人は笑い合う。
小白龍は桃華へ向き直った。
「鬼ヶ島では、我が背に。」
「ありがとうございます。その時は、よろしくお願いいたします。」
その言葉とともに、小白龍の身体が白い光に包まれる。
龍の姿は次第に縮み、
やがて神々しい一頭の白馬へと姿を変えた。
白馬は桃華の前へ歩み寄り、静かに頭を垂れる。
桃華はその首を優しく撫でた。
その様子を、蜜秋はじっと見つめていた。
「ねえ、金時。」
「なんじゃ。」
「ちょっとこっち立って。」
「……は?」
「凰はその隣。」
凰も首を傾げながら並ぶ。
「こうか?」
「うんうん。」
蜜秋は白馬へ向き直る。
「白龍、その手綱ちょっと咥えて。」
白馬は訳も分からぬまま、素直に手綱をくわえた。
蜜秋は数歩後ろへ下がり、腕を組んでその光景を眺める。
しばらく無言。
やがて――
「アハハハハハハ!」
突然、腹を抱えて笑い出した。
金時が眉をひそめる。
「今度はなんじゃ。気味が悪い。」
蜜秋は笑いを堪えながら首を振る。
「ごめん、ごめん。
なんか……すごく懐かしくて。」
誰にも、その笑みの意味は分からなかった。 ただ蜜秋だけが、遠い昔を懐かしむように目を細めていた。
「そろそろ参ります。」
その声とともに、鬼無の里の各所から飛空船が次々と浮かび上がる。
翼を広げた鳥のような船。
「……あれは?」
桃華が尋ねる。
雉牙は誇らしげに答えた。
「天鳥船と言います。
鬼無の里が誇る飛空船ですよ。」
数十隻の天鳥船が空へ舞い上がる。 そのうち四隻だけが宝船のもとへ降り立った。
四隻は宝船を囲むように隊列を組んだ。
「見事なものじゃ。」
凰が感心したように呟く。
鳥たちが一斉に羽ばたく。
宝船が静かに浮かび上がる。
四隻の天鳥船も続く。
その時――。
遠く前方の天鳥船の甲板に、一人の男が立っていた。
素戔嗚である。
素戔嗚は桃華たちに気付くと、不敵に笑う。
そして何も言わず、親指を立てた。
桃華は静かに一礼する。
金時は大きく手を振った。
宝船は鬼ヶ島へ。
天鳥船は天界へ。
同じ空を翔けながら、
それぞれ異なる戦場へ。
五隻の飛空船は朝日に照らされ、
雲海の彼方へと消えていった。




