第二十一話 鳥は空を舞う
第五章 鳥・導きの章
第二十一話 鳥は空を舞う
鸞駕は集まった一同を見渡した。
「今日はひとまず鋭気を養うがよい。
里の者も、鬼ヶ島へ向かう者、天界へ向かう者、そして里を守る者とに振り分けねばならぬ。
出立は明朝じゃ。」
その言葉に皆が頷き、それぞれ用意された部屋へと案内されていった。
◇
その夜。
場面は変わり、砦の一室。
卓には焼き魚や山菜、干し肉が並び、酒瓶が置かれている。
素戔嗚は豪快に盃を掲げた。
「ほれ、飲め。」
金時も笑いながら盃を受ける。
「いただきます。」
酒を一口含むと、思わず目を見開いた。
「これは……うまい。」
素戔嗚は豪快に笑う。
「鬼無の里自慢の酒だ。
鳥の連中は米も育てるが、酒造りも一流なんだよ。」
「さては素戔嗚どのがこの里に居られるのは、酒が目的なのでは?」
「わかりやがったか。
しかしだな、神たるもの酒好きでなにがわるい」
「まったくですじゃ」
二人はしばらく無言で酒を酌み交わした。
やがて素戔嗚がぽつりと言う。
「タケも酒好きだった。」
金時は懐かしそうに笑う。
「親父殿は飲み始めると朝まで帰ってきませんでしたからな。」
「あいつらしい。」
二人は笑い合う。
笑いが収まると、素戔嗚の表情が引き締まった。
「……明日からは戦だ。」
「⋯⋯はい」
「俺は天界、お前たちは鬼ヶ島。」
金時も静かに頷く。
「親父殿なら申しましょう。
主が前だけを見て戦えるよう、その背は俺が守る。と」
素戔嗚は酒を飲み干す。
「さすがタケの倅だ。わかってるじゃねぇか。」
二人は再び無言で盃を交わした。
◇
その頃、別の露天風呂では桃華と蜜秋が満月を見上げていた──。
鬼無の里の奥にある露天風呂。
湯気が静かに立ちのぼり、岩肌を伝う湯が小さな音を立てて流れている。
桃華は肩まで湯に浸かり、大きく息を吐いた。
「……生き返ります。」
蜜秋は湯船の縁に腕を乗せ、満天の星空を見上げた。
「こっちの月も、やっぱり丸いんだね。」
桃華も空を見上げる。
雲ひとつない夜空。
そこには大きな満月が浮かんでいた。
蜜秋がぽつりと呟く。
「この国じゃ、月には兎がいて、お餅をついてるって言うんでしょ?」
桃華は微笑んだ。
「ええ。幼い頃によく聞かされました。」
蜜秋は楽しそうに笑う。
「でもね、海の向こうの大陸じゃ違うんだ。
兎は、不老不死の薬をついているんだって。」
桃華は興味深そうに聞き返す。
「不老不死の薬?」
「うん。その薬を飲んで月へ昇った女王様がいてね、その人と兎が一緒に暮らしてるんだってさ。」
桃華は静かに満月を見つめた。
「同じ月でも、見る人が違えば、語り継がれる物語も違うのですね。」
蜜秋は頷いた。
「旅をしてると、そういう話をいっぱい聞くよ。
だから面白いんだ。」
夜風が二人の髪を優しく揺らす。
桃華は満月を見上げた。
「ねぇ、蜜秋。
この世の果てまで旅をした斉天大聖様なら、月へも行けたのかな。」
「行けなかったそうだよ。」
蜜秋は少し寂しそうに笑った。
「世界の果てまで辿り着いても、月はまだずっと遠くにあったんだって。」
そう言って、夜空へ手を伸ばす。
「こうして見上げると、手を伸ばせば届きそうなのにね。」
桃華も同じように月へ手を伸ばす。
「本当に……。
近くに見えるものほど、遠いものなのかもしれませんね。」
夜空の満月だけが静かに鬼無の里を照らしていた。 明日には、それぞれが別々の空へ羽ばたいていくことも知らぬように。
◇
鬼無の里の朝は早かった。
朝霧の中、砦の中庭では鳥の戦士たちが忙しく行き交っている。
伝令の準備をする者。
里に残る者。
鬼ヶ島へ向かう者。
天界へ向かう者。
戦地へ赴く者は武具を整えている。
鸞駕は砦の中央で静かに頷いた。
「よし。振り分けは以上じゃ。」
それを見て朱鷺が高見台より号令をかける。
「皆のもの、よいか。これより出陣する」
「おう!」
一斉に猛声が響いた。
◇
鬼無の里の門前。
桃華たちは旅支度を整え、出発の時を待っていた。
その時だった。
「お待ちください、桃華様!」
息を切らしながら一人の青年が駆け寄ってくる。
その後ろには、優雅に歩く一人の巫女姿の女性。
青年は桃華の前で膝をつき、胸へ手を当てた。
「朱鷺様より、桃華様の警護を命じられました。
雉の化身、雉牙と申します。
鬼ヶ島へは、我ら雉衆が同行し、皆様の支援を務めさせていただきます。」
桃華は頭を下げた。
「よろしくお願いいたします。」
その横で、巫女姿の女性が満足そうに頷く。
「わらわは凰。わらわも共に参ろうぞ。」
雉牙の表情が凍り付く。
「姉上!
それはなりません!」
凰は不思議そうに首をかしげた。
「なぜじゃ?」
雉牙は慌てて言葉を続ける。
「ご自身の立場をお考えください。
里の霊鳥が出陣されるなど前代未聞です」
「わらわは鳳凰ぞ。其は神格化した雉。
ヌシらの力とは比べものにならぬ。」
「それは存じておりますが、鳳凰とは番の霊鳥。万が一のことがあれば、鳳様に申し訳が立ちませぬ!」
凰は小さく笑った。
「案ずるでない。鳳にはすでに了承を得ておる。」
雉牙が目を見開く。
「鳳様が……。」
凰は空を見上げた。
「鳳は素戔嗚様とともに天界へ向かう。
番である我らは心を通わせることができる。
互いの戦場で何が起きておるか、おおよそは手に取るように分かるというものよ。」
「わらわが地上を支え、鳳が天を支える。
それで良いと、あやつも申しておった。」
雉牙はしばらく黙っていたが、やがて深々と頭を下げた。
「……承知いたしました。」
凰は満足そうに頷く。
「うむ、それでよい。」
そして桃華の隣へ立つと、いたずらっぽく笑った。
「桃華殿も両手に花じゃ。
嬉しかろう?」
突然の言葉に桃華は目を丸くする。
「え……?」
凰はさらに続ける。
「むさい男は後ろを歩いておれ。」
そう言って金時を指差した。
金時は呆れたように肩をすくめる。
「なんじゃと。」
蜜秋は腹を抱えて笑う。
「あははは!
金時、むさい男だって!」
金時は苦笑しながら鼻を鳴らす。
「犬は主人の後ろを歩くもんじゃ。」
凰は満足そうに頷いた。
「うむ、殊勝な心掛けじゃ。」
その真面目な返事に、その場の全員が思わず吹き出した。
やがて鸞駕が静かに前へ出る。
「では、参るがよい。鬼ヶ島への道は険しい。
じゃが、お主らなら必ず乗り越えられる。」
朱鷺も一歩前へ出る。
「鬼無の里は、皆様の武運を祈っております。」
桃華は聖剣を握り締めた。
「必ず……朱天を止めます。」
鸞駕は空を見上げ、小さく頷く。
「……そろそろ迎えが来る頃じゃな。」
金時が首を傾げる。
「迎え?」
「うむ。」
「鬼ヶ島まで渡る船じゃ。」
その時だった。
「おっ、来おったわい。」
鸞駕が空を指差す。
一同が見上げる。
遥か天高く――
白い帆を大きく広げた一隻の帆船が、雲を切り裂くようにこちらへ向かってきていた。
「船が……。」
蜜秋が思わず目を見開く。
「空を飛んでる。」
誰もが息を呑み、その幻想的な光景を見上げていた。




