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桃華伝 ~新伝・桃太郎~(全24話)  作者: 鳳 翔平
第四章 猿・知恵の章
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第十五話 鬼王

第四章 猿・知恵の章


第十五話 鬼王


宿を出ると、空には月が高く昇っていた。


宿場町の喧騒はすでに消え、提灯の灯だけが石畳を照らしている。


蜜秋の後を追い、桃華たちは町外れへ向かった。


先を行くのは一匹の小猿だった。


屋根の上を伝い、町外れまで来ると、今度は木々の枝を飛び移りながら山道へ入っていく。


「本当に、こんなところにいるのか?」


金時が辺りを見回した。


人の往来が途絶えてから、すでに半刻ほど歩いている。


道は次第に細くなり、両側から伸びた草木が足元を覆い始めていた。


「いるよ。」


蜜秋は小猿の背を追いながら迷いなく進む。


「昨日逃がした二匹を追わせてたんだ。

 一匹が逃げた鬼の行き先を突き止めて戻ってきた。

 もう一匹は、この寺の外で見張り役さ。」


やがて木々の隙間から、崩れかけた山門が姿を現した。


門柱は傾き、瓦は半ば崩れ落ちている。


額も黒ずみ、寺の名は判読できない。


境内には雑草が生い茂り、本堂の戸は片方が外れたまま風に軋んでいた。


静まり返った境内。


虫の音さえ聞こえない。


金時が鼻を鳴らす。


「臭うのう。」


「酒の匂いですか?」


桃華が尋ねる。


金時は首を横に振った。


「鬼の匂いじゃ。」


蜜秋が足を止めた。


「そこまで。」


先を進んでいた小猿が短く鳴く。


すると境内のあちこちから、小猿たちが姿を現した。


屋根の上。


枯れ木の枝。


崩れた石灯籠の陰。


寺を囲むように配置された子猿たち。


その小さな手には、一枚ずつ黄色い霊符が握られていた。


朱で梵字が記された札は、月明かりの中で淡い金色を帯びている。


桃華は目を細めた。


「妖魔封滅の符……。」


仏の加護によって悪しき妖魔を滅する霊符。


法師たちが好んで用いる退魔の札だ。


低級の妖や怪異なら、一枚で消滅させることもできる。


使い手の力量によっては、大妖すら封じ滅するという。


子猿たちは逃げ道を塞ぐように配置されていた。


もし鬼が逃げようとすれば、容赦なく札を貼るつもりなのだ。


金時が苦笑する。


「えげつないものを持たせておるのう。」


蜜秋は平然と答えた。


「逃げなきゃ使わない。」


「逃げようとした時点で、十分使う気ではないか。」


「そうとも言うね。」


蜜秋は小さく笑った。


そして山門をくぐる。


桃華と金時も後に続く。


境内の中央まで進んだ、その時だった。


本堂の奥から、一匹の鬼が姿を現した。


桃華が目を見開く。


「昨日、逃げた鬼……。」


鬼は口元を歪めて笑う。


「兄者。

 連れてきました。」


その声に応えるように、本堂の闇から重い足音が響く。


一歩。


また一歩。


やがて月明かりの下へ姿を現したのは、額に一本角を持つ大鬼だった。


浅黒い肌。


肩には巨大な大鉈。


弟鬼の隣へ並ぶと、二匹は不敵に笑った。


兄がゆっくりと口を開く。


「我らは兄弟。」


「二人揃って――独角鬼王と呼ばれる。」


兄鬼は大鉈を肩へ担ぐ。


「二人揃った今、猿どもなど相手にもならん。」


蜜秋は棍を肩へ担ぎ、小さく笑った。


「威勢だけは、昔に聞く鬼王のままだね。」


兄鬼の表情が険しくなる。


「昔だと?」


「我らにとっては昨日のことよ。」


鋭い眼光が蜜秋を射抜いた。


「貴様ら猿は変わった。

 仏などという鎖に繋がれ、牙を失った。

 今のあの老猿の眷族どもに、何ができる。」


蜜秋は静かに答える。


「違う。変わったのは、お前たちもだ。

 美猴王様は、もういない。」


兄鬼は鼻で笑った。


「そうだ。

 だから、今さらあの老猿に仕える理由などない。」


「今、我らがお仕えするは、気高く雄々しき御方。」


「あのお方は、我ら鬼に新たな力を授けてくださった。」


弟鬼も口元を吊り上げる。


「兄者。

 こいつらに見せてやりましょう。」


兄鬼はゆっくりとうなずいた。


「よかろう。」


「ならば見せてやろう。

 偉大なる御方より賜りし力を!」


兄弟の身体から、禍々しい鬼気が立ち昇る。


蜜秋はその気配に目を細めた。


「……余計な知恵までつけやがって。」


兄弟は同時に笑う。


「恐れたか、猿。」


蜜秋は棍を静かに構えた。


「いや、ちょっと面倒になっただけさ。」


夜風が止む。


張り詰めた静寂の中――


二人の鬼が同時に地を蹴った。

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