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桃華伝 ~新伝・桃太郎~(全24話)  作者: 鳳 翔平
第四章 猿・知恵の章
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第十三話 異国の娘

第四章 猿・知恵の章


第十三話 異国の娘


幾日か旅を続け――。


桃華と金時は、山陽道沿いの宿場町へとたどり着いた。


街道には荷を積んだ馬や牛が行き交い、旅人たちが思い思いに茶屋で足を休めている。


焼き魚の香ばしい匂い。


醤油を焦がす香り。


宿場町ならではの活気が、旅の疲れを忘れさせてくれた。


「今日はここで一泊じゃな。」


金時は大きく伸びをする。


その姿を見た旅籠の主人が、目を丸くした。


「も、もしや……。」


主人は恐る恐る近寄る。


「もしや、坂田金時様ではございませんか!」


その一声で、周囲の主人たちまで振り返った。


「えっ!」


「頼光四天王の坂田金時様!」


「酒呑童子を討たれた英雄じゃ!」


「ぜひ、うちへ!」


「いやいや、うちの部屋は眺めが自慢ですぞ!」


「夕餉なら負けません!」


たちまち旅籠の主人たちに囲まれてしまう。


金時は頭を掻いた。


「有名人はつらいのう。」


桃華が吹き出す。


「宿には困らなそうですね。」


「それだけは助かる。」


結局、一番最初に声を掛けてきた旅籠へ世話になることにした。


     ◇


久しぶりの畳だった。


大きく足を投げ出した金時は、そのまま仰向けに寝転がる。


「ふぅ……。」


畳の匂いが鼻をくすぐる。


「やっぱり畳は落ち着くのう。」


旅が続けば野宿も珍しくない。


屋根があり、風をしのげるだけでもありがたい。


障子が静かに開いた。


「金時様。」


旅籠の主人が徳利を盆へ載せて入ってくる。


「ささ、どうぞ一献。」


主人は猪口へ酒を注ぎ、恭しく差し出した。


金時は猪口を見つめる。


「……。」


次の瞬間。


猪口ではなく徳利を掴んだ。


そのまま口へ運ぶ。


ごくっ、ごくっ、ごくっ。


主人が目を丸くする。


徳利はあっという間に空になった。


金時は満足そうに息を吐く。


「ぷはぁ!旨い酒じゃ!」


主人は苦笑した。


「さすが金時様……。」


桃華も思わず笑ってしまう。


「飲み方が豪快ですね。」


「細かいことは気にせん。」


金時は豪快に笑う。


「桃華殿。

 わしは少し骨休めをする。

 お主はどうする?」


「私は少し、この辺りを見てきます。」


「遠くへ行くでないぞ。」


「はい。」


桃華は微笑み、旅籠を後にした。


     ◇


宿場町は活気に満ちていた。


商人たちの威勢のいい掛け声。


子どもたちの笑い声。


炭火で焼かれる魚の香ばしい匂い。


町外れまで歩くと、小さな社が建っていた。


桃華は静かに賽銭箱の前へ立ち、手を合わせる。


(コア様……キクニ……どうか、ご無事で。)


静かな祈りを捧げる。


その時だった。


ドォォォン!


地面が揺れた。


社の屋根から鳥たちが一斉に飛び立つ。


「喧嘩だ!」


「見ろよ!」


「女の子が一人で、大男を圧倒してるぞ!」


桃華は思わず振り返る。


「大男……?」


一瞬、金時の顔が頭をよぎる。


(まさか……。)


嫌な予感が胸をよぎる。


桃華は駆け出した。


     ◇


荷置き場。


そこでは一人の男がが地面へ転がされていた。


その胸を、旅装束の少女が踏みつけている。


額には紺色の鉢巻。


肩には一本の棍。


異国風の装いをした、小柄な少女だった。


少女はしゃがみ込み、大男の顔を覗き込んだ。


「ねえ。

 いつまで人間のふりしてるの?」


男は眉をひそめる。


「……何を言ってる。」


「そろそろ正体を現したら?」


男の表情が凍る。


「なぜ……なぜ分かった。」


少女は肩をすくめる。


「あれだけ鬼の気配を振り撒いといて。

 それで隠れてるつもりだったの?」


「チッ!」


男が舌打ちした。


次の瞬間。


人の皮膚が裂けるように赤黒い肌が現れ、額から一本の角が突き出した。


鋭い牙。


燃えるような眼光。


鬼だった。


「うわっ!」


「鬼だ!」


「逃げろー!」


見物していた町人たちは悲鳴を上げ、一斉に逃げ出した。


荷車をひっくり返しながら、蜘蛛の子を散らすように走り去っていく。


その場に残ったのは三人。


鬼を踏みつける少女。


腰の刀へ静かに手を添える桃華。


そして地面へ転がされた一本角の鬼。


桃華はゆっくりと《桃光》の柄へ手を掛けた。


「さあ、もう一人の居場所も吐いてもらおうか。」


鬼は口元を歪める。


「……誰が喋るか。」


ヒュッ!


突然、屋根の上から鉤縄が飛んできた。


鬼の身体へ絡みつく。


「兄貴!」


屋根の上には、もう一体の一本角の鬼。


「逃がすか!」


桃華が剣へ手を掛けた。


しかし少女は動かない。


「いいよ。」


そう言って、自分の笠を軽く持ち上げた。


笠の縁についた一本の髪を指先で摘まむ。


「身外身。」


ふっと息を吹きかける。


次の瞬間、笠の中から、


「キッ!」


「キキッ!」


「キャッ!」


五匹ほどの小猿が勢いよく飛び出した。


まるで笠の中から猿が湧いたようだった。


小猿たちは屋根へ飛び乗ると、逃げた鬼たちの後を追っていく。


桃華は目を丸くした。


「身外身の術。」


少女は笠を被り直した。


「逃げる奴は、仲間の所へ帰る。

 追い掛けるより、その方が早い。」


屋根の上では、小猿たちが器用に瓦を飛び移り、鬼の後を追っていく。


桃華は、その光景に目を奪われていた。


(あれは……猿妖。)


少女はそんな桃華をじっと見つめる。


「……あんた。鬼が怖くないの?」


桃華は静かに首を横へ振った。


「怖いです。」


少し間を置いて続ける。


「でも、それ以上に私には、やるべきことがありますから。」


少女は一瞬だけ目を丸くした。


そして、ふっと笑う。


「ふーん。」


「面白いね、あんた。」


その時だった。


ズシン。


ズシン。


大地を踏み鳴らすような足音が近づいてきた。


「桃華殿。」


聞き慣れた声だった。


「金時さん!」


金時は大斧を肩へ担ぎながら歩いてくる。


「ただならぬ気配がしてのう。

 酒を飲むどころではなくなってしもうた。」


少女は金時を見上げる。


「……でっか。」


金時は豪快に笑った。


「よく言われる。」


少女もつられて笑う。


「面白い人だね。」


     ◇


しばらく三人は無言だった。


やがて少女が口を開く。


「追わせてる猿が戻るまで少しかかる。」


棍を肩へ担ぐ。


「その間。」


桃華たちを見る。


「少し、お話ししませんか?」


金時は笑った。


「立ち話も何じゃ。旅籠でどうじゃ?

 旨い酒と肴もある。」


少女は少しだけ考える。


「……いいね。付き合うよ。」


三人は並んで歩き出した。


その背中を、西へ傾く夕日が静かに照らしていた。

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