第十二話 忠義
第三章 犬・忠義の章
第十二話 忠義
酒呑童子討伐から数日。
大江山には静けさが戻っていた。
囚われていた娘たちは無事に家族のもとへ帰り、都には鬼退治の報せが広まっていた。
山道を下る頼光一行を、村人たちは何度も頭を下げて見送る。
「ありがとうございました!」
「命の恩人です!」
頼光は穏やかに微笑みながら手を上げた。
「礼ならば、この者たちにも。」
頼光の視線が桃華と金時へ向く。
村人たちも二人へ深く頭を下げた。
桃華は少し照れくさそうに笑う。
「私は皆さんと一緒に戦っただけです。」
「それでも十分じゃ。」
金時が豪快に笑った。
「助かった命に大きいも小さいもない。」
◇
村外れ。
頼光たちは旅支度を整えていた。
金時は静かに頼光の前へ進み出る。
「頼光様。」
頼光は何も言わず、その続きを待った。
「お願いがございます。」
「申せ。」
「桃華殿の旅へ、お供させていただきとうございます。」
綱たちは苦笑した。
「やっぱり言い出したな。」
「最初からそんな顔をしておった。」
頼光は静かに笑う。
「理由は。」
金時は迷わず答えた。
「恩を返したいのです。
一飯の恩。
命を救われた恩。
そして。
この娘は、一人で背負うには重すぎる宿命を背負っております。
わしも、その荷を少しばかり担ぎたい。」
頼光は静かに頷いた。
「金時。
お前は誰よりも忠義に厚い男だ。
だからこそ、お前の忠義は私だけのものではない。
世を救わんとする者へ尽くすこともまた、忠義である。」
金時は深々と頭を下げた。
「ありがたき幸せ。」
頼光は微笑んだ。
「行け。
そして存分に暴れてこい。」
「はっ!」
◇
翌朝。
桃華は山道を歩いていた。
後ろから聞き慣れた大声が響く。
「桃華殿ー!」
振り返る。
大きな荷物を背負った金時が走ってきた。
「待たせたのう!」
「金時さん。」
「頼光様より正式に許しをいただいた!
これより先、わしも旅の仲間じゃ!」
桃華は自然と笑みを浮かべた。
「ありがとうございます。
こちらこそ、よろしくお願いします。」
二人は並んで歩き始める。
旅は再び動き出した。
◇
昼過ぎ。
峠へ差しかかった頃だった。
「ほっほっほ。」
聞き覚えのある笑い声。
桃華が振り返る。
「あなたは……!」
一本の桃の老木の下。
あの老人が腰を下ろしていた。
「桃の娘よ。
無事、一つ目の試練は乗り越えたようじゃな。」
桃華は深く頭を下げる。
「ありがとうございました。」
「私は何もしておらぬ。」
老人は笑う。
「歩いたのはお前たちじゃ。」
老人は金時へ目を向けた。
「犬を得た。
忠義とは、主へ尽くすことだけではない。
己の信じた道を裏切らぬ心。
それがお前の忠義じゃ。」
金時は頭を掻く。
「難しいことはよう分からん。
じゃが。
桃華殿が困っとるなら助ける。
それだけじゃ。」
老人は満足そうに頷いた。
「それでよい。」
そして、ゆっくり西の空を見上げる。
夕日が山々を赤く染め始めていた。
「次は。」
老人は静かに言う。
「落陽を追うことじゃ。」
「落陽……?」
桃華が聞き返す。
「陽は西へ沈む。
その先に、新たな出会いが待っておろう。
それ以上は……。」
老人は微笑んだ。
「旅をする楽しみが無くなる。」
風が吹く。
桃の花びらが舞い上がる。
気付けば老人の姿は消えていた。
そこには一本の桃の老木だけが立っている。
「相変わらず不思議な爺様じゃのう。」
金時が笑った。
「でも。」
桃華は西の空を見つめる。
「行ってみましょう。」
「うむ!」
二人は夕日に向かって歩き出した。
◇
――その頃。
とある宿場町。
「スリだ!」
「誰か捕まえてくれ!」
男の叫び声が町中へ響く。
一人の男が人混みをかき分けて逃げていく。
「どけ!どけ!」
その進路に、一人の旅装束の少女が立っていた。
少女は慌てる様子もなく、肩へ担いでいた棍をすっと地面へ差し出す。
「うわっ!」
スリは足を引っ掛け、そのまま勢いよく転んだ。
懐から財布がいくつも飛び出す。
少女はそれを拾い上げ、持ち主へ返した。
「おっさん。
スリはいけないよ。」
町人たちは一斉にスリを取り押さえた。
「嬢ちゃん、助かった!
旅人かい?」
少女は棍を肩へ担ぎ直し、にこりと笑う。
「ああ。ちょっと探しものをしててね。」
「探しもの?」
「そう。」
少女は夕日に照らされた西の山を見つめる。
「あんた、この辺で一本角の鬼が人を騙してるって話、聞いたことないかい?」
町人たちは顔を見合わせる。
「……そういや、最近そんな噂を聞いたな。」
少女は満足そうに笑う。
「やっぱり、この辺で間違いなさそうだ。」
棍を肩に担ぎ、ゆっくりと歩き出す旅人。
その小さな背中を、夕日が長く照らしていた。




