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『幼馴染が連続殺人犯かもしれない』  作者: asnt2026


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第9話 見えているもの

定期テスト前になると、ひかりは透の家で勉強する。


いつから始まった習慣かは覚えていない。


小学生の頃は宿題。


中学では定期テスト。


高校へ入ってからも何となく続いている。


「自分の家でやれば」


と透は毎回言う。


「こっちの方が集中できる」


とひかりも毎回答える。


透の母親も慣れているので、玄関を開けるなり、


「今日は何時まで?」


と聞くだけだった。


「九時くらいです」


「夕飯食べる?」


「食べます」


二階から透の声が飛んでくる。


「勝手に決めんなよ」


ひかりは階段を上がりながら、


「おばさんのご飯食べたい」


と返した。


「家で食え」


「今日はお母さん遅い」


「じゃあ仕方ないか」


「最初からそう言って」


部屋へ入る。


昔と大きく変わらない。


机。


ベッド。


工具箱。


本棚。


壊れたゲーム機やイヤホンを入れたケース。


ただ以前より物が少し整っている。


「珍しく片付いてる」


「珍しくは余計」


ひかりはいつもの場所へ座った。


床に置かれた小さなローテーブル。


向かいに透。


数学。


英語。


化学。


ノートを広げる。


最初の三十分ほどは本当に勉強した。


「ここ分かんない」


ひかりが問題集を押す。


透が見る。


「公式違う」


「どこ」


「ここ」


透がシャープペンで式を書く。


近い。


手がすぐそこにある。


爪の形まで見えるくらい。


小さい頃から何度も見てきた手なのに、いつからこんなふうに距離を意識するようになったのか分からない。


「聞いてる?」


「聞いてる」


「じゃあ次、自分で」


「はいはい」


ひかりは問題集へ目を戻した。


透の部屋は少し暖かい。


窓は開いているが、夕方の風はほとんど入ってこない。階下から煮物の甘い匂いが上がり、外では誰かが自転車のスタンドを立てる金属音がした。


普通だった。


昔から何度もあった時間。


それなのに、今日は部屋の中に知らないものが増えている気がする。


透が机へ立った。


「飲み物取ってくる」


「私コーヒー」


「ない」


「じゃあ麦茶」


「最初からそう言え」


ドアが閉まる。


ひかりは問題集へ戻った。


英語の長文。


三行読む。


意味が入ってこない。


机の上に一冊の黒いファイルがある。


昨日まではなかった。


いや、前からあったのかもしれない。


意識していなかっただけ。


端に小さな付箋。


日付。


紙が何枚も挟まっている。


その下には卒業アルバム。


ひかりは視線を戻す。


英語。


一行。


二行。


またファイルを見る。


奥村が言っていた。


二年前のことを調べている奴がいる。


透は奥村が死んでから調べ始めたと言った。


なら、奥村が恐れていた人物とは別。


そういうことになる。


透は嘘をついていない。


たぶん。


でも、なぜ梶原や坂東の名前まで知っている。


そこを話してくれない。


ひかりは手を伸ばしかけた。


途中で止める。


何をしているんだ。


人の物だ。


透の物。


幼馴染でも勝手に見ていいわけではない。


手を引く。


ドアの向こうから階段を上がる音。


ひかりは問題集へ顔を戻した。


透が入ってくる。


麦茶を置く。


「進んだ?」


「一問」


「遅」


「考えてた」


「何を」


「人生」


「テスト前に?」


「大事でしょ」


透が呆れた顔をする。


ひかりは笑った。


笑えている。


それに少し安心した。


「ねえ透」


「何」


「そのファイル何?」


聞いた。


透の目がファイルへ動く。


ほんの一瞬。


「事件の」


ひかりの指が止まる。


「奥村君の?」


「それも」


「それも?」


透は麦茶を一口飲んだ。


「奈緒のことも」


「見てもいい?」


言った瞬間、透の顔が固まった。


「まだ駄目」


予想していた答えだったのに、胸の奥へ小さく落ちた。


「なんで」


「整理できてない」


「私にも関係ある話じゃないの」


「あるかもしれないから、余計に」


「どういうこと」


透は答えない。


ひかりはしばらく彼を見た。


「私のこと、何か書いてある?」


透の目がこちらを向く。


「ある」


一瞬、息が詰まった。


「何が」


「奥村と会った時間とか」


「なんでそんなの」


「時系列を作ってる」


「私の?」


「事件の」


透の言葉は正しい。


たぶん。


でも胸の中に残ったものは消えない。


「それ、警察みたい」


「別に真似してるわけじゃない」


「分かってるけど」


ひかりは問題集へ視線を戻した。


透も座る。


二人とも、それ以上ファイルの話をしなかった。


夕食では透の母親が、


「文化祭一緒に回るの?」


と聞いた。


二人とも同時に、


「まだ決めてない」


と答えた。


透の母親は笑った。


「昔からそういうところだけ息合うね」


ひかりも笑った。


透も少し笑った。


でも部屋へ戻った後、黒いファイルが視界の端から消えなかった。


帰る時。


玄関で靴を履きながら、ひかりは二階を見上げた。


透が忘れ物を取りに戻っている。


あのファイル。


事件。


奈緒。


奥村。


梶原。


坂東。


自分。


見えているものだけでも多すぎる。


なのに大事なところだけが見えない。


透が階段を下りてくる。


「何見てんの」


「何でもない」


また同じ答え。


ひかりは自分で言ってから、少しだけ笑えなくなった。



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