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『幼馴染が連続殺人犯かもしれない』  作者: asnt2026


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第7話 知らない名前じゃなかった

翌朝、雨は上がっていた。


道路の端にはまだ水が溜まり、登校する自転車が通るたび細いしぶきが上がる。雲の切れ間から差す光は白く、濡れたアスファルトと土の匂いが混じって、いつもの住宅街が少しだけ違う場所に見えた。


透は家を出る前に、昨夜のメッセージをもう一度確認した。


《私じゃなくて坂東に聞いて》


《坂東祐生?》


《そう》


《もう私に連絡しないで》


それ以上はない。


梶原芽衣がなぜ坂東へ話を振ったのか。


奈緒の名前を出しただけで、なぜあそこまで拒絶したのか。


分からない。


分からないものは一度横へ置く。


そうするつもりだった。


玄関を出ると、ひかりが門の前にいた。


「遅い」


「二分」


「待ってる側の二分は長いの」


「待ってないって前に言ってたろ」


「言ってない」


「言ってた」


「記憶違い」


「便利だな」


ひかりが傘を閉じながら笑う。


見慣れた顔。


見慣れた声。


その向こうに昨日までなかったものを探している自分に気づき、透は一度視線を外した。


「何」


ひかりが聞く。


「別に」


「今、なんか見てた」


「髪」


「髪?」


「はねてる」


ひかりが慌てて後頭部へ手を伸ばした。


「どこ」


「もう直った」


「絶対嘘」


「本当」


「透の本当、信用ならない時あるから」


軽い言い方だった。


それなのに、その言葉だけ胸の内側へ残った。


学校へ向かう途中、透は坂東祐生のことを聞こうか迷った。


ひかりも同じ中学だった。


知っているかもしれない。


けれどその質問をすれば、奈緒の録音を調べていることも説明しなければならなくなる。


今の段階で話しても、根拠が薄すぎる。


奥村。


梶原。


坂東。


ただ名前が並んだだけだ。


ひかりに余計な不安を与える必要はない。


そう考えた。


それが本当に理由の全部なのかは、自分でも分からなかった。


昼休み。


透は図書室の奥にある閲覧席へ座っていた。


クラスでは文化祭の出し物について話し合っていたが、係でもない透は早々に抜けた。


スマートフォンの画面には検索結果。


坂東祐生。


同姓同名は何人かいる。


昨夜見つけた卒業アルバムの顔と照らし合わせる。


一人、近隣の県立工業高校の制服を着た写真があった。


同じ顔。


たぶん本人。


公開されている情報は少ない。


所属している部活。


文化祭の告知。


友人との写真。


どれも普通だった。


奈緒の名前はない。


奥村も梶原も出てこない。


透は画面を閉じた。


「こんなところで何してんの」


声に顔を上げる。


ひかりが立っていた。


手には購買のパンと紙パックのミルクティー。


「探した?」


「別に」


「じゃあなんでここにいる」


「静かだから」


「それ、私に言う?」


ひかりが向かいへ座る。


袋を開ける音が静かな図書室では妙に大きかった。


「それ何」


透のスマートフォンへ視線が落ちる。


「調べもの」


「文化祭?」


「違う」


「勉強?」


「違う」


「じゃあ何」


「なんでそんな気になるんだよ」


言ってから少し強かったと思った。


ひかりの手が止まる。


パンの袋を指で押さえたまま、透を見る。


「聞いただけ」


「ごめん」


「別にいいけど」


その後の沈黙が、図書室の静けさとは別のものになった。


窓の外では雲が切れ始め、濡れた校庭に薄い陽が落ちていた。古い本とワックスの匂いの中へ、ひかりが開けたパンの甘い匂いだけが混じる。


「透」


「何」


「奈緒のこと、調べてる?」


透の指がスマートフォンの縁で止まった。


顔を上げる。


ひかりは笑っていなかった。


「どうして」


「昨日から変だから」


「変って」


「それ聞く?」


「分かんないから」


ひかりはミルクティーのストローを差しながら、目を落とした。


「奥村君が死んでから、ずっと何か考えてる」


透は答えなかった。


ひかりの中で、何かが繋がり始めている。


そんな気がした。


「ねえ」


ひかりがもう一度言う。


「二年前のこと、調べてる?」


透は一度だけ息を吸った。


「少し」


ひかりの手が止まった。


「少しって?」


「まだ何も分かってない」


「何を知ろうとしてるの」


「それもまだ」


嘘ではない。


ただ、ほとんど何も答えていないのと同じだった。


ひかりはしばらく透を見ていた。


その視線に耐えられなくなり、透は窓へ目を向ける。


「坂東祐生って覚えてる?」


結局、聞いた。


ひかりが眉を寄せる。


「坂東?」


「中学の時、奈緒と同じクラスだった」


「ああ……いたね」


「どんな奴だった」


「そんなに話したことない。なんで?」


透は返事をしなかった。


ひかりの顔から少しずつ表情が消えていく。


その変化を見ながら、透は自分が何かを間違えている気がした。


けれど何を間違えているのかまでは分からなかった。


放課後。


ひかりは一人で校門を出た。


透は図書委員の仕事があると言った。


本当かどうかを疑った自分に、少し腹が立つ。


今までならそんなことを考えなかった。


透が図書室にいる。


透が誰かを調べている。


透が奈緒の名前を出す。


それだけなら何もおかしくない。


奥村が死ぬ前に言っていた。


二年前のことを調べている奴がいる。


その言葉が勝手に透の背中へ重なってしまう。


違う。


たぶん違う。


でも、じゃあ何を調べているのか。


本人に聞いた。


答えてくれなかった。


ひかりは歩きながら、スマートフォンを取り出した。


奥村とのトーク画面。


《やっぱり、忘れて》


そこから下は増えていない。


画面を閉じる。


少しだけ風が冷たかった。


家へ向かう途中、信号が赤になる。


立ち止まる。


道路の向こうに夕日が残っている。


車が一台、二台と目の前を通る。


青になるのを待ちながら、ひかりは思った。


奥村が言っていた人。


二年前を調べている人。


もしそれが透だったら。


信号が青になった。


それでもひかりは一歩目が遅れた。



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