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『幼馴染が連続殺人犯かもしれない』  作者: asnt2026


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第6話 聞こえた名前

翌日の放課後。


透は家へ帰ると制服のまま机へ座った。


一日中、授業の合間にレコーダーのことを考えていた。


昼休みにひかりとパンを食べた。


文化祭の案を決める話もした。


放課後の係分担についても話した。


奈緒のことだけ話さなかった。


ひかりも奥村との話をそれ以上しなかった。


普通だった。


普通に見えた。


それが妙だった。


机の上には昨夜分解したレコーダー。


窓の外は曇っている。


昼から空を覆っていた雲のせいで、まだ夕方なのに部屋は薄暗い。窓を少し開けると湿った土の匂いが入り、遠くで雨が降り始めたような冷たい風がカーテンを揺らした。


透はスタンドライトを点けた。


基板を確認する。


腐食した部分を清掃。


端子を交換。


電源系統を繋ぎ直す。


以前なら一時間もかからない作業だった。


今日は指先が何度か滑った。


急いでいるつもりはないのに、急いでいる。


何かを知りたい。


その何か自体がまだ分からない。


作業を終え、電池を入れる。


電源ボタン。


液晶が点いた。


透は動かなかった。


表示されている。


日付。


録音件数。


思ったより多い。


「残ってる」


声にすると、急に現実味が増した。


再生ボタンへ指を置く。


そこでまた止まる。


奈緒の声が入っているかもしれない。


聞く権利があるのか。


母親は透へ託した。


でも「全部聞いて」とは言われていない。


警察へ渡すべきかもしれない。


ただ、壊れていたものを直しただけで、何が入っているか分からないまま持っていくのも変な気がした。


透は一番新しい録音を再生した。


雑音。


衣擦れ。


遠くの声。


奈緒ではない。


学校らしい。


次。


授業の一部。


次。


誰かとの会話。


透はすぐ止めた。


全部聞く必要はない。


日付を確認する。


奈緒が死んだ少し前。


録音データの一つだけ、長さの表示がおかしい。


五分四十二秒。


再生。


最初の数秒は何もない。


ザッ。


何かが擦れる。


遠くで人の声。


透は音量を上げた。


『……違うって』


男性の声。


聞き取れない。


その後に女性。


『そういう話じゃ……』


途切れる。


ノイズ。


透は机へ顔を近づけた。


声そのものに近づけるはずもないのに。


また男性。


『奥村が……』


透の指が止まった。


巻き戻す。


再生。


『……奥村が……』


確かに聞こえる。


もう一度。


変わらない。


透はメモ帳を引き寄せ、


奥村


と書いた。


続ける。


ノイズの向こうで誰かが息を荒くしている。


『梶原……』


今度は女性か男性かも分からない。


透は、


梶原?


と書く。


その後しばらく会話が重なる。


『もうやめよう』


女性の声。


少し高い。


誰なのか分からない。


奈緒ではないようにも聞こえる。


透はそこだけ何度か再生した。


耳が慣れるほど、逆に分からなくなる。


『……四人……』


途切れる。


透は眉を寄せた。


四人。


何が四人なのか。


次に聞こえた声は小さかった。


『こんなの……』


その先はノイズに潰れた。


数秒後、録音が突然終わる。


透は椅子へ背中を預けた。


部屋の中に雨音が入ってきている。


いつの間にか本格的に降り始めていた。


窓を閉める。


ガラスに細かい水滴が付き、隣の家の輪郭がぼやけて見えた。


奥村。


梶原。


四人。


もうやめよう。


言葉だけを並べても何も分からない。


それなのに、奥村はもう死んでいる。


透は卒業アルバムを棚から出した。


中学三年のページ。


自分のクラス。


ひかりのクラス。


そして奈緒のクラス。


指で名前を追う。


宮前奈緒。


奥村亮介。


梶原芽衣。


同じクラスだった。


そこまでで一度手が止まる。


さらに下。


坂東祐生。


ほかにも知っている名前はある。


丹羽朱音。


戸塚岳。


顔を見れば思い出せる程度の人間が並んでいる。


透は写真から視線を外した。


一枚の集合写真。


全員が笑っている。


二年前には、何も知らないまま見ていた写真だった。


今は少し違って見える。


違って見えているだけかもしれない。


透はそこを自分に言い聞かせた。


机の上のスマートフォンが震える。


ひかりから。


《雨すごい》


《見れば分かる》


《そういう返し嫌い》


《窓閉めろ》


《閉めた》


いつもの会話。


透は画面を見ながら、卒業アルバムの奈緒の写真へもう一度目を戻した。


その隣に奥村。


少し離れて梶原。


さらに別の列に坂東。


もし、あの録音がこのクラスの誰かについての話なら。


そこまで考え、透は止めた。


決めつけるな。


音声には名前が二つ出ただけだ。


「四人」も何のことか分からない。


ただ一つだけ、確認しておく必要がある。


梶原芽衣。


透はアルバムの学校名を見た。


卒業後の進路までは載っていない。


SNSを検索する。


同姓同名。


顔写真。


制服。


近隣の別高校。


たぶん本人。


メッセージを送る前に、透は何度も文面を変えた。


《宮前奈緒について聞きたいことがあります》


硬すぎる。


消す。


《中学の時の宮前奈緒のことで、少し聞きたい》


また消す。


最後に、


《突然ごめん。野崎透です。宮前奈緒のことで確認したいことがあります。少し話せませんか》


送った。


既読はなかなかつかなかった。


十分。


二十分。


透はその間、数学の問題集を開いたが、一問も進まなかった。


四十分ほど経った頃、画面が光った。


返信。


短い。


《なんで今さら》


透はすぐ打つ。


《奥村が亡くなったから》


既読。


返事がない。


一分。


二分。


三分。


透はスマートフォンを置いた。


その瞬間また震える。


《私じゃなくて坂東に聞いて》


透は画面を見た。


一度。


もう一度。


坂東。


アルバムにいた名前。


《坂東祐生?》


送る。


返事。


《そう》


次のメッセージは少し時間を置いて届いた。


《もう私に連絡しないで》


そこで途切れた。


透は椅子へ座ったまま、机の上のメモを見る。


奥村

梶原

四人

坂東


さっきまで意味のなかった名前同士に、細い線が一本ずつ引かれていく。


まだ事件とは呼べない。


証拠にもならない。


それでも奥村は死んだ。


そして梶原は、奈緒の名前を出しただけで坂東へ話を押しつけた。


透はICレコーダーへ手を伸ばした。


再生。


雑音。


『……奥村が……』


少し先。


『梶原……』


さらに。


女性の声。


『もうやめよう』


その後。


『……四人……』


透は停止した。


それ以上聞いても音は変わらない。


変わっているのは、自分の方だった。


窓の外では雨が続いている。


隣の家にも明かりがついた。


ひかりは数メートル先にいる。


奥村と最後にまともに話した人間。


奈緒から何かを聞いていた人間。


そして今も、その内容を透には話していない。


透はそこまで考えて、自分の思考を切った。


違う。


まだ何も分かっていない。


スマートフォンを伏せる。


その黒い画面に、自分の顔が薄く映った。


信じるとか疑うとか、そんな段階ではない。


ただ確認したいだけだ。


そう思った。


けれどその言葉は、妙に言い訳じみて聞こえた。

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