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『幼馴染が連続殺人犯かもしれない』  作者: asnt2026


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37/40

第37話 全部

河川敷の先には小さな休憩所があった。


屋根とベンチだけ。


二人はそこへ座った。


透が右。


ひかりが左。


間は半人分。


昨日より近い。


川沿いの街灯が一つずつ点き始め、まだ残る夕暮れの中へ白い光を落としていた。風はさっきより冷たくなり、土手の草が同じ方向へ揺れている。川の匂いに混じって、近くの住宅から煮物らしい甘い醤油の香りが流れてきた。


透はスマートフォンを出した。


ひかりが見る。


「何?」


「時系列」


「まだ作ってるの?」


「もう人には見せない前提じゃなくて」


「どういう意味」


「一緒に見る」


透は画面をひかり側へ向けた。


以前の黒いファイルとは違う。


警察へ提出した後、自分用に残した最低限の記録。


奥村。


梶原。


坂東。


奈緒。


LIE BOX。


四人。


橋爪。


朱音。


そして、それぞれの横に、


《確認済》

《本人談》

《未確認》


と書いてある。


ひかりが少し笑う。


「几帳面」


「分けないと混ざる」


「前よりいい」


「何が」


「全部同じ確定事項みたいに並べてない」


透は少しだけ目を伏せた。


「大庭さんに言われたから」


「数字が合っても、人が嘘つけば意味変わるって?」


透がひかりを見る。


「何で知ってる」


「私も言われたから」


「何て」


ひかりが少し考え、


「本当のことを言ってても、全部話してるとは限らないって」


二人は数秒、互いの顔を見る。


「俺たちじゃん」


透が言った。


ひかりが吹き出した。


ほんの少し。


「本当にね」


笑いはすぐに消えた。


でも重さだけだった空気に、小さな隙間ができた。


「じゃあ」


ひかりが言う。


「私から」


膝の上で手を組む。


「奥村君に会った日」


最初から話した。


奥村が奈緒について聞いてきた。


何か預かっていないか。


二年前を調べている人物がいる。


奈緒が、


中原には話してある


と言っていたこと。


《やっぱり、忘れて》


最後のメッセージ。


透は途中で質問しなかった。


ひかりは続けた。


奈緒から相談された日のこと。


匿名アカウント。


明日でもいいと言ったこと。


その次の日には、もう話せなかったこと。


梶原に自分から連絡したこと。


会ったこと。


《私たち三人》


と漏らしたこと。


坂東。


戸塚。


LIE BOX。


朱音の古いスマートフォン。


公園で、


「あの頃のことは忘れて」


と言われたこと。


そして昨日。


「私は、あの日そこにいなかった」


朱音がそう言ったこと。


全部。


話し終える頃には空がほとんど暗くなっていた。


「次、透」


ひかりが言う。


透は頷く。


奈緒からICレコーダーを修理してほしいと頼まれたこと。


直して返したこと。


死後、奈緒の母親から渡されたこと。


二年間触らなかったこと。


奥村が死んで思い出したこと。


修理して、音声を聞いたこと。


奥村。


梶原。


四人。


女の声。


梶原へ連絡。


坂東の名前。


大庭に最初、レコーダーのことを隠したこと。


梶原が死んでから提出したこと。


橋爪。


消された記録。


そして青砥伊吹。


「待って」


ひかりが言った。


「青砥先輩?」


「一回だけ話した」


「何を」


「奈緒のこと」


「何で先輩に?」


「たまたま近くにいたから」


ひかりの顔が少し曇る。


「何て?」


「奈緒のこと知ってるか聞いた」


透はあの昼を思い出す。


校舎裏。


冷たいベンチ。


「頑固だったんじゃない、って」


ひかりが眉を寄せる。


「知ってるみたい」


「俺もそう思って聞いた。昔、噂で聞いたって」


「それだけ?」


「それだけ」


透は一度口を閉じた。


「あと前に」


言葉を探す。


「奈緒のこと話してた時、『自殺した場所』じゃなくて『落ちた場所』みたいな言い方をしてたことがあった」


ひかりの視線が止まる。


「いつ?」


「文化祭の機材運んでた時。昔の駐車場の話になって」


「覚えてたの?」


「何となく」


「それ、大庭さんには?」


透が首を振る。


「今思い出した」


ひかりはすぐにスマートフォンを出しかける。


止める。


透を見る。


二人とも同じことを考えた。


決めつけない。


「後で大庭さんに言おう」


ひかりが言う。


「うん」


それで終わり。


青砥伊吹を調べよう。


SNSを見る。


後をつける。


そんな言葉は出なかった。


少し前なら、透はやったかもしれない。


ひかりも。


「他に?」


ひかりが聞く。


透は考える。


「ない」


「本当に?」


「今度は全部」


ひかりが小さく頷く。


「私も」


しばらく二人とも話さなかった。


川の向こうを電車が走る。


窓の光が暗い景色の中をゆっくり滑っていく。


「じゃあ」


ひかりが言う。


「分かってないのは」


透がスマートフォンを見る。


「四人目」


「女の声」


「朱音が嘘ついてるか」


「奈緒が落ちた夜に何があったか」


透が一つずつ見ていく。


「それと」


ひかりが言った。


「三人を殺した人」


一番大きい。


なのに、その場には最後まで残った。


二年前の真相が分かっても、現在の犯人と同じとは限らない。


朱音が言ったこと。


あれ自体は正しい。


「大庭さんに全部話そう」


透が言う。


「今?」


「今」


ひかりは少しだけ笑った。


「成長したね」


「お前も」


大庭へ電話する。


スピーカーにはしない。


透が話し、途中でひかりへ代わる。


青砥伊吹の言葉も伝える。


朱音の発言も。


大庭は余計な反応をしなかった。


『分かった。二人とも、その件で誰かに連絡したり会いに行ったりしないで』


「はい」


透とひかりがほぼ同時に答える。


電話の向こうで少し間があった。


『珍しく息合ったね』


ひかりが透を見る。


透も見た。


「昔からです」


ひかりが答えた。


電話を切る。


翌日、大庭から二人へ連絡が来た。


学校近くの応接室。


今度は二人並んで座る。


大庭は資料を一枚だけ持っていた。


「昨日の話と、坂東君の死亡時間について追加確認した」


透の背中が伸びる。


「駅の防犯カメラ」


大庭が言う。


「中原さんが待ち合わせ場所に到着してから、少なくとも坂東君の死亡推定時間帯が終わるまで、その周辺にいたことは複数の映像で確認できた」


ひかりが息を吐く。


「野崎君も」


今度は透。


「駅へ向かう途中から複数の映像に残ってる。電車の乗車記録もある」


透は大庭を見る。


「俺も?」


「尾行してたからね」


少し厳しい声。


「褒めてないよ」


「分かってます」


「本当に?」


「本当に」


ひかりが横で口元を押さえる。


大庭が続ける。


「現状、少なくとも坂東君殺害について、二人が実行した可能性は極めて低いと見てる」


ひかりは透を見なかった。


透も。


でも互いの肩から同じタイミングで力が抜けたのが分かった。


「三件とも同じ犯人なら」


透が言う。


「俺たちは連続殺人犯じゃない」


「そう考えるのが自然」


大庭は頷く。


「もちろん捜査上は一件ずつ確認する。でも、今あなたたちを連続殺人の中心容疑者として追ってはいない」


ひかりは膝の上の指をほどいた。


ゆっくり。


「じゃあ」


声が少し掠れる。


「本当に、お互い違ったんだ」


透がこちらを見る。


ひかりも見る。


その言葉を聞くまで、まだどこかに残っていたのだと思う。


本当に違うのか。


全部。


今ようやく、少しずつ抜けていく。


大庭が資料を置いた。


「ただ」


二人の視線が戻る。


「二年前については、まだ一人説明できない人がいる」


「四人目」


透が言う。


大庭が頷く。


「レコーダーの女性の声。学校の相談記録。クラスLINE。そして丹羽朱音さんの証言」


ひかりの指が止まる。


「朱音が何か?」


「詳しくはまだ言えない」


大庭は言葉を選んだ。


「でも確認したいことが出てきた」


ひかりの胸が少し硬くなる。


「今日、朱音に話を聞く」


「私も」


立ち上がりかける。


大庭が首を横へ振った。


「まず警察が聞く」


ひかりは動きを止める。


「分かった」


座り直す。


以前なら、


私も行く。


自分で聞く。


そう言ったかもしれない。


今は待つ。


大庭はそれを見ていた。


「中原さん」


「何ですか」


「丹羽さんから、あなたに話したいことがあると言われたら、その時は連絡する」


ひかりは頷いた。


応接室を出る。


透と廊下を歩く。


「待つしかないね」


ひかりが言う。


透は、


「うん」


と答えた。


二人とも、もう勝手に先へ行かなかった。



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