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『幼馴染が連続殺人犯かもしれない』  作者: asnt2026


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35/40

第35話 好きな人を疑うということ

学校を出た頃には、もう暗くなり始めていた。


街灯は点いている。


空にはまだ薄く青が残っているのに、道路や家々は夜へ入っていた。


二人はいつもの帰り道を歩いた。


会話はない。


ひかりは透が話し始めるのを待った。


透は何度か口を開きかけ、やめた。


待つ。


今までなら、待っているうちに何となく別の話題へ移っていた。


今日は逃がさない。


それだけは決めている。


公園の前を通る。


コンビニ。


信号。


何度も二人で歩いた道。


「ここ」


透が言った。


ひかりが見る。


「何」


「ちょっと座ろ」


住宅街の端にある小さな公園。


朱音と話した場所とは違う。


子どもの頃、二人で何度も遊んだ公園だった。


今は誰もいない。


ブランコ。


滑り台。


古いベンチ。


二人はベンチへ座った。


一人分くらい距離が空いている。


昔は二人で座ると狭いと思った。


今日は広い。


夜の空気は冷たく、鼻の奥が少し痛む。


近くの住宅から入浴剤のような甘い匂いが漂い、植え込みでは虫が細く鳴いている。街灯の白い光が砂場の半分だけを照らし、ブランコの鎖は風が吹くたび小さく揺れた。


透は両手を組んだ。


「ひかり」


「うん」


「俺」


止まる。


ひかりは何も言わない。


「奥村が死んだ時」


透がゆっくり話し始める。


「最初は、ひかりが何か知ってるだけだと思ってた」


ひかりは前を見る。


「奈緒から相談されてた。奥村と最後に会ってた。それを全部話してない」


「うん」


「でも、梶原にも会ってた」


ひかりの指先が膝の上で少し曲がる。


「梶原が死んだ」


透の声は低い。


「その次、坂東」


「うん」


「ひかりが会いに行った」


そこまで聞けば、何を言うのか分かる。


それでも口にしてほしかった。


自分も同じことを言わなければいけないから。


透が一度だけ息を吸った。


「ひかりが、三人を殺してるんじゃないかって思った」


言った。


夜の音が消えたように感じた。


実際には車が走っている。


虫も鳴いている。


遠くで犬も吠えた。


全部聞こえている。


でも、その言葉だけが近すぎた。


ひかりは自分の手を見る。


指が少し震えている。


「いつから?」


「梶原が死んだ後くらい」


「じゃあ、かなり前から」


「うん」


「それで普通に一緒に帰ってたの?」


透の口が動く。


「帰りたかったから」


ひかりは顔を上げた。


「殺人犯かもしれない人と?」


「ひかりだから」


意味が分からない。


分かる。


どちらも同時に来る。


「何それ」


「分かんない」


「それで済ませないで」


「俺も分かんないんだよ」


透の声が初めて少し崩れた。


「疑ってた。でも違ってほしかった。違うって思いたかった。だから確認した」


「ファイル作って?」


「うん」


「尾行して?」


「……うん」


ひかりは唇を噛んだ。


「それ、信じてるって言わないよね」


透は何も言わない。


「私のこと、ずっと見てたんだ」


「違う」


「何が違うの」


「ずっとじゃない」


「そういう話してない!」


声が大きくなった。


自分で驚く。


透も一瞬黙った。


ひかりは顔を逸らす。


目の奥が熱い。


泣きたくない。


泣くほどのことじゃない。


自分も同じだから。


その事実が一番苦しかった。


「ごめん」


透が言う。


ひかりは首を振った。


「謝らないで」


「でも」


「私もだから」


透が止まる。


ひかりは両手を握った。


爪が掌へ当たる。


「奥村君が死んだ後、透が急に奈緒を調べ始めた」


一つずつ言う。


「梶原さんの名前があって、坂東君もいた。私の行動まで書いてた」


透は黙って聞いている。


「梶原さんが死んだ時」


喉が狭くなる。


それでも続ける。


「透のファイルに書いてあった人が、また死んだって思った」


「ひかり」


「坂東君も次に書いてあった」


透の顔が固まる。


「だから」


言いたくない。


言わなければ。


今ここで言わなかったら、また同じになる。


「透が殺してるのかもしれないって思った」


言葉が落ちる。


今度は透が目を伏せた。


ひかりはそれを見た。


痛そうな顔。


自分も同じ顔をしているのだと思う。


「いつから?」


透が聞く。


「ファイル見た時から少し」


「じゃあ俺より前?」


「分かんない」


「梶原が死ぬ前?」


「たぶん」


透が小さく笑った。


笑いではない。


息が漏れただけ。


「俺の方が先に疑われてたんだ」


「競うところ?」


「違う」


二人とも黙る。


ブランコが風で揺れる。


キー、と細い音。


透が言った。


「なのに俺の家来てたんだな」


ひかりは顔を上げる。


「何」


「勉強」


「透も一緒に帰ってたじゃん」


「そうだけど」


「私も帰りたかったから」


今度は同じ言葉になった。


二人は見合った。


その瞬間だけ、何かがおかしくて笑いそうになる。


笑えない。


ひかりの目の奥がさらに熱くなる。


「馬鹿みたい」


小さく言った。


「何が」


「二人とも」


殺人犯かもしれないと思っている。


それでも一緒に帰る。


隣で昼を食べる。


テスト勉強をする。


ミルクティーを買う。


体調を気にする。


文化祭の準備をする。


どれも嘘ではない。


疑いも嘘ではない。


両方本当だった。


「大事だったから」


透が言った。


ひかりが見る。


「何?」


透は前を向いたままだった。


「大事だったから、疑いたくなかった」


声が低い。


「でも疑わないままにもできなかった」


ひかりの呼吸が止まる。


その言葉は、自分の中にもあった。


形にできなかっただけで。


「俺が見ないふりして、そのせいでまた誰か死んだら嫌だった」


透は続ける。


「でもひかりが犯人だったら、それも嫌だった」


「どっちにしても嫌じゃん」


「そうだよ」


透がやっとこちらを見る。


「だから分からなかった」


ひかりは目を逸らした。


大事。


その言葉の意味を聞きたい。


どのくらい。


どういう意味で。


幼馴染として?


そう聞きたいのに、今は聞けない。


事件の話をしている。


好きとか、そういうことを混ぜていい場面ではない。


でも胸の奥では、ずっと混ざっている。


最初から。


「私も」


ひかりが言う。


「透が犯人だったら嫌だった」


透の口元が少し動く。


「当たり前だろ」


「違う」


「何が」


言えない。


好きだから。


そこまではまだ言えない。


ひかりは首を振った。


「何でもない」


透の眉が寄る。


「またそれ?」


「今はいい」


「本人に聞けって言ってたのに」


ひかりは透を見る。


「じゃあ透は全部言える?」


透の口が閉じた。


ほら。


同じ。


「まだ無理」


透が言う。


ひかりは少し笑った。


「私も」


笑ったのに、頬へ何かが触れた。


冷たい。


雨かと思った。


違った。


指で拭う。


透が見ている。


「見ないで」


「見てない」


「見てる」


「ごめん」


ひかりは立った。


これ以上ここにいると、本当に泣く。


「帰る」


透も立とうとする。


「一人で帰る」


その言葉で透の動きが止まった。


「ひかり」


「今日は無理」


「送るだけでも」


「家、隣じゃん」


「そうだけど」


「一人で帰りたい」


透は座ったままだった。


ひかりは公園を出る。


数歩進む。


呼び止められない。


それが寂しい。


呼び止められたら困る。


また同じ。


角を曲がる前、一度だけ振り返った。


透はまだベンチに座っていた。


街灯の下。


俯いている。


こんなに長く一緒にいたのに。


好きなのに。


好きだから。


相手が人を殺しているかもしれないと思った。


その事実だけは、もう言わなかったことにはできない。


ひかりは前を向いた。


家までの道は何百回も歩いている。


それなのに、その夜だけは妙に長かった。

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