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『幼馴染が連続殺人犯かもしれない』  作者: asnt2026


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34/40

第34話 どうして、そこまで

朱音と話した翌朝。


ひかりは家を出る前に、隣の窓を見た。


透の部屋のカーテンは閉じている。


まだ寝ているのかと思った時、玄関の開く音がした。


少し遅れて透が出てくる。


目が合った。


「おはよ」


「おはよう」


それだけで歩き出す。


昔なら、何も話さない朝があっても気にならなかった。


隣にいること自体が会話みたいなものだったから。


今日は靴音の間に、昨夜ひかりが送ったメッセージが残っている。


《朱音は「あの日そこにいなかった」って言った》


《でも、それが嘘かはまだ分からない》


透から返ってきたのは、


《うん》


だけだった。


「朱音のこと」


透が言った。


ひかりは横を見る。


「何」


「大庭さんにも送った?」


「送ったよ」


「そっか」


また沈黙。


朝の住宅街は、昨日より空気が冷たかった。


低い位置から差す陽射しが家々の壁を斜めに照らし、道路の端では乾いた落ち葉が風に押されている。どこかで朝食の魚を焼いているのか、少し焦げた匂いが冷たい空気に混じっていた。


「透はどう思う?」


ひかりが聞いた。


「何が」


「朱音」


透は少し考えた。


「嘘かもしれない」


「うん」


「でも、嘘でも理由までは分からない」


「うん」


「今の犯人かどうかも別」


ひかりは少しだけ息を吐いた。


同じことを考えていた。


それが分かっただけで、胸の中の固いものが少し緩む。


「前だったら」


ひかりが言う。


「何?」


「朱音が嘘ついたって思った瞬間、犯人かもって決めてたかもしれない」


透がこちらを見る。


「今は?」


「分からない」


透の口元が少し動いた。


「俺のせいでその言葉嫌いになったんじゃなかった?」


「今はちょっと好き」


「変なの」


「透ほどじゃない」


信号が赤になる。


二人で止まる。


横断歩道の向こうに、小学生が数人並んでいる。


誰かが走り出そうとして、隣の子にランドセルを引かれていた。


ひかりはそれを見ながら、


「でも」


と言った。


透が待つ。


「分からないままにしておくのと、分からないから調べるのって違うよね」


「何が言いたいの」


「透、私のこと調べてたじゃん」


空気が変わった。


信号はまだ赤。


透は前を向いたまま何も言わない。


「ファイルも」


ひかりは続ける。


「奥村君と会った時間。大庭さんに呼ばれた日。梶原さんと会ったこと」


「事件に関係あることだけだよ」


「分かってる」


「それ以上は書いてない」


「それも分かってる」


青。


向こうの人たちが歩き出す。


ひかりたちも渡る。


白い線を踏む。


途中で、ひかりが言った。


「じゃあ、なんで尾行したの」


透の足が一瞬遅れた。


横断歩道を渡り切る。


二人ともそこで止まらない。


歩きながら話す。


「前にも言っただろ」


透の声が少し低くなる。


「心配だった。それと、疑ってた」


「何を」


透が黙る。


ひかりは横を見る。


「何を疑ってたの」


「それ今聞く?」


「今だから聞いてる」


透は前を向いた。


学校へ向かう生徒が増えてきた。


ここでは話せない。


それは二人とも分かった。


「放課後」


透が言う。


「話す」


ひかりは、


「逃げない?」


と聞いた。


透が少し眉を寄せる。


「お前も」


「何が」


「ファイル開いた理由、ちゃんと話せよ」


ひかりは口を閉じた。


今度は自分の番だった。


「分かった」


そう答えた。


放課後。


文化祭準備が一段落した教室には、まだ数人残っていた。


透とひかりは何となく同時に教室を出た。


屋上へ続く階段。


以前、奈緒のことで言い合った場所。


窓から入る夕方の光はあの時より低く、踊り場の壁を橙色に染めている。外気が入り込んでいるのか、階段の上は教室より冷たく、少し埃っぽい匂いがした。


ひかりが手すりへ触れる。


前にも同じことをした。


冷たさを確かめるように。


「で」


透が言う。


「何から?」


「そっちから」


「なんで」


「聞いたのお前だろ」


「逃げた」


「逃げてない」


「じゃあ話して」


透は窓の外を見る。


運動部の掛け声。


ボールが地面へ当たる音。


遠くの道路を走る車。


「坂東と会うって聞いた時」


透が言う。


「ひかりが危ないと思った」


「坂東君から?」


「それも」


「それも?」


またその言葉。


ひかりは透を見る。


今度は透も視線を逸らさなかった。


「ひかりが何するか分からなかった」


前にも聞いた。


でも今日はそこで終わらせない。


「何すると思ったの」


透の喉が動く。


「分からなかった」


「それじゃ分かんない」


「だから」


「違う」


ひかりは一歩近づいた。


「透が私を追った時、何を確かめたかったの?」


透は黙る。


「坂東君と会ってるか?」


「それも」


「どこへ行くか?」


「うん」


「何をするか?」


返事が遅れた。


「うん」


ひかりは一度目を閉じた。


聞かなければよかった。


まだ核心を聞いていないのに、もう胸の辺りが重い。


「私が坂東君に何かするか見たかった?」


透はすぐには答えなかった。


その沈黙だけで十分な気もした。


「ひかり」


「何」


「先にお前も言えよ」


「何を」


「俺のファイル、どうして開けた」


ひかりの指が手すりから離れる。


「言ったじゃん。透が何も話してくれなかったから」


「それだけ?」


返された。


同じ言葉。


ひかりは透を見る。


「何」


「俺が何か危ないことしてると思った?」


「思った」


「どんな」


「分からなかった」


「ほら」


「でも」


ひかりの声が少し強くなる。


「奥村君が死んで、透が急に奈緒のこと調べ始めて、梶原さんと坂東君の名前が出てきた。私のことまで記録してた」


「だから見た?」


「違うって確認したかった」


透の表情が止まる。


ひかり自身も、自分が言った言葉を聞いていた。


違うと確認したかった。


何と違うのか。


まだ口にはしていない。


「何が違うって?」


透が聞く。


ひかりは答えられない。


階段の下を生徒が通る。


笑い声。


二人は話を止める。


足音が遠ざかる。


また静かになる。


透がもう一度、


「何が違うって?」


と聞いた。


ひかりは手すりの傷を見る。


誰かが鍵か何かで付けた細い線。


「透も同じでしょ」


「何が」


「私が違うって確認したかったんじゃないの」


透の顔がわずかに動く。


ひかりは続ける。


「だから見てたんでしょ」


「ひかり」


「坂東君を待ってる私を。ずっと」


あの日。


道路の向こう。


コンビニの前。


視線が合った瞬間。


「私が坂東君に会ったら、何をするか」


透は何も言わない。


「奥村君の時も、梶原さんの時も、私が会ってたから?」


「……そう」


小さい声。


聞こえた。


ひかりは笑いそうになった。


笑えるわけがないのに、口元がわずかに歪んだ。


「じゃあ同じじゃん」


「何が」


「私も透のファイル開いたの、透が違うって確認したかったから」


視線が合う。


二人とも、その先の言葉を知っている。


言わない。


言えない。


透が先に目を逸らした。


ひかりはその横顔を見る。


「どうして、そこまで私を調べたの?」


声は思ったより静かだった。


責めるより、聞きたかった。


透はしばらく黙っていた。


夕日が少しずつ沈み、踊り場の色が薄くなる。


「明日でもいい?」


透が言った。


ひかりは体が固まった。


その言葉。


二年前。


奈緒。


自分が言った。


――明日でもいい?


同じ。


透も気づいたらしい。


顔が変わる。


「ごめん」


すぐ言った。


ひかりは首を振った。


「明日は嫌」


「うん」


「今聞きたい」


透は息を吐いた。


「分かった」


そう言ったのに、続きは出なかった。


ひかりも待った。


一分も経っていない。


それでも、夕暮れが一段暗くなったように感じた。


最後に透が、


「帰りながらでもいい?」


と聞いた。


ひかりは頷いた。


二人で階段を下りる。


並んでいるのに、肩は一度も触れなかった。



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