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『幼馴染が連続殺人犯かもしれない』  作者: asnt2026


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第30話 消された行

大庭から連絡が来たのは、その翌日の夕方だった。


《野崎君と中原さん、二人で少し話せる?》


学校が終わった後、二人は警察署へ向かった。


電車の中で、ひかりは朱音の古いスマートフォンから許可をもらって保存した画像を見返していた。


透は隣に立っている。


混んではいない。


座れる席もあったが、二人とも立ったままだった。


「橋爪先生、嘘ついてた?」


ひかりが聞く。


透は吊革を握ったまま答える。


「記録はないって言ってた」


「でも大庭さん、先生のことで確認したいって言ってたんでしょ」


「たぶん」


「たぶん好きだね」


「分からないものは分からない」


「前なら腹立ってた」


透が横を見る。


「今は?」


「ちょっとだけ」


「腹立ってるじゃん」


ひかりは少し笑った。


電車が揺れる。


肩が触れた。


どちらも離れなかった。


警察署の面談室には、大庭一人だけがいた。


机の上に紙のコピーが置かれている。


文字の一部は黒く塗られていた。


「二人に全部を見せることはできない」


大庭が先に言った。


「ただ、あなたたちから出た情報と関係する部分だけ説明する」


透とひかりは頷く。


大庭が紙へ手を置く。


「橋爪先生の話、覚えてるね」


「はい」


透が答える。


「宮前さんから匿名アカウントについて相談を受けた。でも正式な記録には上げていない。本人はそう説明した」


「嘘だったんですか」


ひかりが聞く。


「半分」


大庭は紙を一枚めくった。


「学校側に、相談があったこと自体を示す記録は残ってた」


透の眉が寄る。


「じゃあ何で先生は」


「その先が問題」


大庭は言う。


「最初の相談内容と、宮前さんが亡くなった後に整理された記録で内容が違う」


部屋の空気が少し変わった。


ひかりは紙を見る。


黒く塗られて読めない部分が多い。


「どう違うんですか」


「最終的な記録では『匿名アカウントに関する生徒間トラブルについて相談あり』程度にまとめられてる」


「最初は?」


大庭は少し間を置いた。


「もっと具体的だった」


透の指が膝の上で動く。


「運営者?」


「そこまで特定した名前はない。ただ」


大庭が一枚の紙を指で押さえる。


「宮前さん本人の言葉として、こういう記載が残ってた」


大庭が読む。


「『運営しているのは少なくとも四人いると思う』」


ひかりと透は同時に顔を上げた。


四人。


レコーダー。


クラスLINE。


学校の相談記録。


三つの場所に、同じ数字。


「誰なのかは?」


透が聞く。


「書いてない」


「奥村たち三人は?」


「今ここで断定できる資料ではない」


大庭は線を引く。


「ただ、あなたたちが持ってきた情報と照らして、当時の関係者を調べ直してる」


ひかりは紙を見た。


「何で、後の記録から消えたんですか」


大庭はすぐ答えなかった。


「橋爪先生本人から聞いた方がいいかもしれない」


その時、面談室の扉が開いた。


ひかりは振り返る。


橋爪慎吾が立っていた。


以前より疲れて見える。


大庭が、


「本人が二人にも話したいと言ったから」


と説明した。


橋爪はゆっくり椅子へ座る。


透の向かい。


数日前、喫茶店で会った時とは目の位置が違った。


ほとんど二人を見ない。


「野崎」


「はい」


「この前、嘘をついた」


透は何も言わない。


「記録はないって」


橋爪は指を組んだ。


「最初の相談メモは作った。宮前が何を言ったか、ある程度は残した」


「じゃあ、なんで」


透の声は強くない。


その方が橋爪には重かったように見えた。


「宮前が亡くなった後、学校が混乱した」


橋爪は話し始める。


奈緒の死。


自殺として捜査が進んでいる中で、保護者や生徒の間に様々な噂が広がった。


匿名アカウントとの関係。


いじめ。


学校の対応。


誰かが責任を取らされるのではないかという空気。


「管理職から、確認できてないことを記録へ残すなって言われた」


橋爪が言う。


「四人って話も?」


ひかりが聞く。


「そうだ」


「消したんですか」


「俺が書き直した」


その瞬間、透の顔が固まった。


「先生が?」


「うん」


「奈緒が言ったことを?」


「うん」


橋爪は逃げなかった。


「運営者が四人いるという部分。本人が何人かを疑っているという部分。それと、誰かに直接確かめるつもりだって話」


ひかりの呼吸が止まる。


「直接?」


「宮前は、自分で話すと言ってた」


「誰と?」


「分からない」


橋爪は首を振る。


「名前を聞く前に、俺が止めた。証拠がないなら勝手に動くな、先生たちに任せろって」


「でも任せなかった」


透が言う。


橋爪が目を閉じる。


「そうだ」


「奈緒は待たなかった」


「そうだ」


「先生たちも、すぐ動かなかった」


橋爪の喉が動く。


「そうだ」


三回目の返事だけ少し掠れた。


「何で」


透は聞いた。


橋爪は長く息を吐いた。


「その時の俺は、時間があると思ってた」


誰も何も言わない。


「匿名のアカウントなんて、緊急の命の話じゃないと思った。生徒同士の揉め事で、証拠を集めて、保護者を呼んで、それからでいいって」


橋爪は机を見る。


「宮前が死んでから、違ったかもしれないって思った。でも今度は、学校が何をしてなかったかが問題になった」


「だから消した?」


ひかりが聞く。


「消したというより、薄くした」


橋爪の口元が歪んだ。


「そんな言い方しても同じだな」


大庭は口を挟まない。


橋爪自身に話させている。


「当時の俺は、俺一人で決めたんじゃないって思ってた。上に言われた。学校として判断した。そう言い訳できた」


橋爪は透を見る。


「でも実際に書き直したのは俺だ」


透は何も言わなかった。


怒鳴るより、黙っている方が今は正しい気がした。


橋爪がひかりを見る。


「中原」


「はい」


「宮前は、お前に話したって言ってた」


ひかりの背中が固まる。


「いつ?」


「最後に相談された時」


あの日。


奥村も同じことを言っていた。


――中原には話してある。


「でも私、ほとんど聞いてません」


「そうだったんだと思う」


橋爪は頷く。


「宮前は『中原には少し話してある』って言っただけだ。何をどこまでとは聞いてない」


ひかりは膝の上の手を見る。


奥村はそれを、


何か証拠を預けている


という意味に受け取ったのかもしれない。


だから自分に近づいた。


二年前の奈緒の一言が、今になって人を動かしている。


「四人目」


透が言った。


全員が見る。


「奈緒は誰だと思ってたんですか」


橋爪は首を振る。


「知らない」


「男か女かも?」


「聞いてない」


「本当に?」


透の質問に、橋爪は一度だけ目を閉じた。


「今度は本当だ」


部屋が静かになる。


ひかりの頭には、ICレコーダーに残っているという女性の声が浮かんだ。


《もうやめよう》


誰なのか。


まだ分からない。


でも四人目はいた。


少なくとも奈緒はそう考えていた。


そして、その事実を学校は記録から薄くした。


面談が終わった後、透とひかりは警察署の外へ出た。


夜の空気は冷たい。


道路の向こうにコンビニの光。


車が通るたび、濡れた路面が白く光った。雨はもう止んでいるが、土とアスファルトの湿った匂いがまだ残っていた。


「透」


ひかりが言う。


「何」


「四人目、いるね」


「たぶん」


「またたぶん」


「三つ揃ったから、かなり」


「じゃあかなりいる?」


透が少し笑う。


「言い方変だろ」


ひかりも少し笑った。


すぐに消える。


「朱音のスマホのこと、大庭さんにちゃんと渡せてよかった」


「勝手に全部見なかった?」


「見てない」


「本当に?」


ひかりが透を見る。


「前の私なら?」


「見る」


「ひどい」


「ファイル開いたし」


「それは本当にごめんって」


透は少しだけ口元を緩めた。


「分かってる」


歩き出す。


四人目。


名前のない人物。


女性の声。


二年前のクラス。


ひかりはしばらく考えてから、


「朱音」


と口にした。


透が横を見る。


「何?」


「ううん」


聞こうとしてやめた。


まだ証拠がない。


大庭も調べている。


今は決めつけない。


その判断は正しいはずだった。


それでも公園で朱音が言った、


「あの頃のことは忘れて」


という声だけが、夜道を歩いている間ずっと耳から離れなかった。

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