第29話 四人いる
朱音から連絡が来たのは、坂東の遺体が見つかってから三日後だった。
夜九時を過ぎていた。
ひかりは机で英語の問題集を開いていたが、ほとんど進んでいなかった。
スマートフォンが震える。
《明日、時間ある?》
朱音。
ひかりはすぐ返した。
《ある》
数秒後。
《前のスマホ、見せる》
ひかりは椅子から少し身を起こした。
《いいの?》
返事は少し遅れた。
《三人死んだから》
それだけだった。
翌日の放課後。
二人は朱音の家の近くにあるファミリーレストランへ入った。
店内はまだ夕食前で空いている。
窓から傾いた日差しが入り、テーブルの端が橙色に光っていた。ドリンクバーからコーヒーの匂いが流れ、厨房では油の弾ける音が時々聞こえる。外より暖かく、制服の上着を着たままだと少し暑かった。
朱音は古いスマートフォンをテーブルへ置いた。
画面の端が割れている。
ケースも黄ばんでいた。
「充電しないと起動しなかった」
「ありがとう」
ひかりが手を伸ばす。
朱音がその前に端末へ手を置いた。
「条件ある」
「何」
「勝手に全部見ないで」
ひかりの指が止まった。
透の部屋。
黒いファイル。
あの時のことがすぐ浮かんだ。
「分かった」
「クラスLINEと、私が保存してたスクショだけ」
「個人のトークは?」
「見ないで」
「見ない」
「写真も」
「見ない」
朱音がひかりを見た。
「本当に?」
「本当」
今度は迷わず言えた。
朱音が手を離す。
「パスコードは〇四一二」
ひかりが入力する。
「誕生日?」
「違う」
「じゃあ何」
「昔のだから忘れた」
少し変だった。
でも聞かなかった。
ホーム画面には今では使っていないアプリが並んでいる。
朱音が横から操作した。
「ここ」
昔のクラスLINE。
二年前。
メッセージ数が多い。
何千件もある。
「検索使っていい?」
「うん」
ひかりは、
LIE BOX
と入れた。
該当する会話がいくつか出る。
《また晒されてる》
《誰がやってんの》
《先生にバレたら終わりじゃね》
《でも情報送ってる奴も悪いだろ》
軽い。
当時は、本当にこんな空気だったのだろう。
誰かの秘密が公開される。
でも自分のことではない。
面白い。
怖い。
噂。
そんな距離。
次の検索。
《運営》
数件。
その中の一つで、ひかりの指が止まった。
《LIE BOXの運営って三人ってマジ?》
その下。
《知らん》
《奥村らしいって聞いた》
《証拠ないだろ》
さらに少し後。
《運営、三人じゃなくて四人いるってマジ?》
ひかりの呼吸が止まった。
「朱音」
朱音は画面を見ていた。
顔色は変わらない。
「これ」
「噂でしょ」
「四人」
「見れば分かる」
「誰が書いたの」
送信者の名前を見る。
中学時代の同級生。
今はほとんど連絡を取っていない。
「この人に聞ける?」
「好きにすれば」
言い方が少し強い。
ひかりは指を止めた。
次へ進む。
《宮前、先生に言うらしい》
《あいつマジでやめとけばいいのに》
《誰か止めろよ》
その下。
《運営の奴らキレてるって》
ひかりの指が止まる。
朱音が水を一口飲んだ。
グラスの氷が鳴る。
「朱音」
「何」
「奈緒が先生に言おうとしてたの、知ってた?」
「みんな知ってたよ」
「みんな?」
「噂になってたから」
「四人の話も?」
朱音は答えない。
ひかりは横顔を見る。
聞きたい。
あなたが四人目?
そこまで言葉が上がってくる。
でも証拠はない。
疑っているだけ。
透にされて嫌だったことを、今度は朱音へやるのか。
ひかりは口を閉じた。
代わりに、
「スクショの方も見ていい?」
と聞いた。
朱音が頷く。
保存された画像。
匿名アカウントの投稿。
クラスLINEの一部。
誰かから回ってきた画面。
そこにも、
《運営四人説》
という言葉が一度だけある。
名前はない。
決定的なものは何もない。
でも四人という数字が、別の場所から二度出てきた。
奈緒のICレコーダー。
クラスLINE。
ひかりはスマートフォンを置いた。
「大庭さんに見せてもいい?」
朱音の手が止まる。
「警察?」
「うん」
「私のスマホごと?」
「それは朱音が決めていい。スクショだけでも」
朱音はしばらく考えた。
「必要なとこだけなら」
「分かった」
「個人のトークは見せないで」
「見せない」
ひかりはスクリーンショットを撮る前に、一枚ずつ朱音へ確認した。
これは?
いい。
これは?
やめて。
じゃあ撮らない。
数日前の自分なら、見つけた勢いで全部持っていこうとしたかもしれない。
今はしなかった。
知りたいことと、見ていいことは同じではない。
透のファイルを開いた時に、それを一度間違えた。
「変わったね」
朱音が言った。
ひかりは顔を上げる。
「何が」
「前なら絶対もっと見る」
「そんな人に見えてた?」
「見えてた」
「ひどい」
朱音が少し笑った。
久しぶりに見る、いつもの笑い方だった。
でもすぐ消える。
「ひかり」
「何」
「もし四人目が分かっても」
朱音の声が低くなる。
「その人が今の犯人とは限らないから」
ひかりは動きを止めた。
「何でそう思うの」
「普通に考えたらそうでしょ」
「普通?」
朱音は視線を逸らす。
「二年前に悪いことした人間と、今人を殺してる人間は別かもしれないってこと」
正しい。
ひかりはそう思った。
あまりにも正しい。
だからこそ、
朱音はどうしてそんな言い方をしたのだろう
という小さな違和感だけが残った。




