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『幼馴染が連続殺人犯かもしれない』  作者: asnt2026


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第28話 記録はない

橋爪慎吾は、現在別の中学校で教師をしていた。


透が連絡を取ったのは翌日の夕方だった。


電話で奈緒の名前を出した途端、橋爪は長く黙った。


それでも会うことは拒まなかった。


「学校には来ない方がいい」


そう言われ、駅近くの喫茶店を指定された。


透は大庭へ連絡した。


『会うだけなら止めない』


大庭は答えた。


『ただし、相手を追及するつもりで行かないこと。聞いたことはそのまま私に伝える』


「分かりました」


『録音は?』


「しません」


『勝手にしない方がいい。相手が了承するなら別だけど』


透は頷いた。


電話では見えないのに。


橋爪は約束の時間より十分早く来ていた。


三十五歳。


中学時代より少し痩せて見える。


眼鏡の形が変わっていた。


それでも、教室へ入ってくる時に軽く顎を引く癖は覚えている。


「久しぶりだな」


「はい」


「高校二年か」


「そうです」


橋爪はコーヒーを頼んだ。


透は何も頼まないつもりだったが、店員に聞かれてホットココアを注文した。


子どもっぽいと思った。


別にいい。


店内にはコーヒー豆の香ばしい匂いと、暖房で乾いた空気が溜まっていた。窓の外は薄暗く、街灯の光がガラスへ丸く映っている。スプーンがカップへ触れる音や、遠くの席の小さな笑い声が途切れながら聞こえた。


「宮前のことだろ」


橋爪が先に言った。


透は頷く。


「先生に相談してたって聞きました」


橋爪の指が止まる。


「誰から」


「戸塚岳」


「そうか」


「本当ですか」


橋爪はすぐには答えなかった。


運ばれてきたコーヒーへ手を伸ばす。


飲まない。


ただカップを両手で包んだ。


「相談は受けた」


透の背筋がわずかに伸びる。


「何について」


「匿名アカウント」


「LIE BOX?」


橋爪の目がこちらを向く。


「その名前まで知ってるのか」


「はい」


「誰が運営してたかも?」


「奥村、梶原、坂東」


橋爪の表情が動いた。


ほんの少し。


「違いますか」


「俺からは言えない」


「三人とも死にました」


橋爪の手がカップから離れた。


「知ってる」


「奈緒も死んでる」


「それも知ってる」


透は橋爪を見る。


「じゃあ何で言えないんですか」


「野崎」


橋爪の声が少し低くなる。


「お前は警察じゃない」


「分かってます」


「なら、知らない方がいいこともある」


まただ。


透は奥歯を噛んだ。


大人も。


朱音も。


みんな同じことを言う。


知らない方がいい。


忘れろ。


危ないからやめろ。


それで二年前に何が終わったのだろう。


「奈緒は先生に何を話したんですか」


透はもう一度聞いた。


橋爪が窓の外を見る。


「誰かが生徒の秘密を集めてる。匿名で晒してる。止めさせたいって」


「運営者の名前は」


「その時は、はっきりした名前は出てなかった」


「その時は?」


橋爪の目が戻る。


言葉を選び間違えた顔だった。


「後で分かったってことですか」


「そういう意味じゃない」


「じゃあどういう意味ですか」


自分がひかりと同じことを言っている。


少し前なら、そのことに苛立ったかもしれない。


今はただ、聞くしかなかった。


「記録は?」


透が言う。


「相談を受けたなら、何か残ってないんですか」


橋爪はコーヒーを一口飲んだ。


時間を作るような飲み方だった。


「残ってない」


「学校に?」


「少なくとも俺の手元にはない」


「学校にも?」


「二年前だぞ」


「二年前なら残るんじゃないですか」


透はスマートフォンを出さない。


検索もしない。


ただ橋爪を見る。


「生徒の相談記録って、二年でなくなるものですか」


橋爪の指がカップの取っ手から離れた。


「正式な相談として上げてなかった」


初めて出てきた言葉だった。


「なんで」


橋爪は答えない。


「奈緒が困ってたのに?」


「その時は、そこまで大きな話だと思ってなかった」


「死ぬ前なのに?」


声が少し強くなった。


橋爪の顔が固まる。


「それは後から分かったことだ」


透は黙った。


正しい。


相談を受けた時、奈緒が死ぬとは誰も知らない。


でも、その言葉を聞いて胸の奥に何か硬いものが残った。


「奈緒が死んだ後は?」


橋爪の喉が動く。


「調べなかったんですか」


「調べた」


「じゃあ記録は」


「野崎」


「何ですか」


「もうやめろ」


橋爪の声が掠れた。


怒っているようには聞こえなかった。


むしろ自分へ言っているようだった。


透は言葉を止めた。


しばらく店内の音だけが流れた。


橋爪は目を伏せる。


「俺は」


そこで止まる。


「宮前に、もう少し待てって言った」


透の指が動いた。


「何を?」


「学校側で確認するから。勝手に動くなって」


奈緒らしい。


正しいと思ったら引かない。


前に青砥伊吹が言った言葉が、一瞬頭を通った。


「待ったんですか」


「いや」


橋爪は小さく首を振った。


「宮前は待たなかった」


透は何も言わない。


「自分で確かめるって言ってた」


「誰に?」


「そこまでは知らない」


橋爪はカップへ視線を落とす。


「その数日後に亡くなった」


店内の暖房が急に暑く感じた。


透はココアへ手を伸ばす。


もうぬるい。


「先生」


「何だ」


「奈緒の命日、覚えてますか」


橋爪の顔が上がる。


「十月二十七日」


即答だった。


透は少し驚いた。


橋爪はすぐ視線を外した。


「忘れられるわけないだろ」


その声だけは、嘘には聞こえなかった。


「墓参り、行きました?」


橋爪の手が止まる。


「行ってない」


「どうして」


橋爪は答えなかった。


でも、その沈黙はこれまでとは少し違った。


隠しているというより、自分に許していないように見えた。


透はそれ以上聞かなかった。


店を出る前、橋爪が呼び止めた。


「野崎」


振り返る。


「宮前のことを調べるなら」


言葉を切る。


「自分が正しいって思った時ほど、一回止まれ」


透は何も返さなかった。


外へ出る。


冷たい風が顔へ当たる。


橋爪が何かを隠していることだけは分かった。


でも、それが殺人に関わる秘密なのか。


教師としての失敗なのか。


まだ決められない。


透はスマートフォンを取り出した。


大庭へ電話する。


今度は、帰ってから整理してではなく、その場で。



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