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『幼馴染が連続殺人犯かもしれない』  作者: asnt2026


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第3話 明日でいい

家へ帰ると、母親が夕食を温め直してくれた。


ひかりは「食べてきた」と嘘をつくほど器用ではなかったので、ファミレスでほとんど手を付けなかったパスタのことは言わず、普通に食卓へ座った。


味噌汁から湯気が上がる。


焼き魚の皮が少し焦げていて、醤油と大根おろしの匂いが鼻へ届いた。窓は少し開いており、網戸越しに夜の湿った空気が入ってくる。遠くでバイクの音がして、それが消えると家の中は急に静かになった。


母親がテレビを見ながら何か話している。


ひかりは相槌を打った。


内容はほとんど頭に入らなかった。


奥村。


奈緒。


二年前のことを調べている誰か。


自分には話してあると奈緒が言った。


どれも一つずつなら大したことではない気がする。


並べると形が変わる。


箸の先で米粒を一つ取る。


奈緒が最後に自分へ声を掛けてきた日のことを思い出した。


放課後だった。


教室の窓から入る光が強く、机の傷まで白く浮いていた。


奈緒は廊下の壁に背を付け、スマートフォンを両手で持っていた。


「中原さん、今日ちょっと時間ある?」


その頃は名字で呼ばれていた。


「今日?」


ひかりは鞄の中を確認しながら答えた。


塾があった。


遅刻しても怒鳴られるわけではない。


ただ、その日は小テストもあった。


「長くなる?」


「分かんない」


奈緒は笑った。


困った時の笑い方だったのだと、今なら分かる。


その時は分からなかった。


「明日でもいい?」


ひかりが聞くと、


奈緒は少し考えて、


「うん。じゃあ明日」


と言った。


明日は来なかった。


正確には来た。


ただ奈緒がいなかった。


ひかりは味噌汁を飲んだ。


ぬるくなっていた。


「ひかり、聞いてる?」


「聞いてるよ」


「じゃあ何の話してた?」


「……ごめん」


母親が呆れた顔をした。


「疲れてるなら先にお風呂入ってきなさい」


「うん」


食器を流しへ運び、階段を上がる。


自室へ入ってカーテンを閉めようとした時、隣の家の窓に灯りが見えた。


透の部屋。


距離は数メートルしかない。


小学生の頃、窓から紙飛行機を投げ合ったことがある。


途中から面倒になってメッセージアプリに変わった。


ひかりはカーテンへ伸ばした手を止めた。


奥村との約束。


誰にも言わない。


透にも。


スマートフォンを手に取る。


トーク画面には、さっきのやり取りが残っている。


《アイス買うなら待つけど》


その上には学校で撮った文化祭案の写真。


さらに上には、


《明日数学小テスト》


《知ってる》


《忘れてそうだから》


《お前が忘れるだろ》


そんなものばかり。


重大な話なんて、ほとんどしたことがない。


必要がなかった。


隣にいれば、そのうち分かる。


ひかりは長い間そう思っていた。


画面の入力欄へ、


《今日、奥村君から奈緒の話された》


と打った。


送信ボタンへ親指を置く。


奥村の「誰にも言わないで」が浮かぶ。


一度消した。


《透って奈緒のことで何か知ってる?》


今度はそこまで打った。


また消す。


自分でも何を聞きたいのか分からなかった。


窓の向こうで人影が動いた。


透がカーテンを少し開けた。


目が合った。


ほんの数秒。


透がスマートフォンを持ち上げる。


すぐにひかりの手の中が震えた。


《何》


ひかりは吹き出した。


《何が》


《ずっとこっち見てる》


《自意識過剰》


《窓の正面に立ってたけど》


《カーテン閉めようとしてただけ》


数秒。


《奥村の話、長かった?》


指が止まった。


透は昔から妙なところを覚えている。


誰と話した。


何時頃だった。


昨日何を買った。


本人には記憶している意識すらないのだろう。


ひかりは、


《別に》


とだけ返した。


送った直後に少し嫌な感じが残った。


嘘ではない。


長かったかどうかを聞かれただけ。


それでも、何かをわざと狭く答えた。


透から次のメッセージが来る。


《何の話だった?》


ひかりは画面を見つめた。


奥村との約束を破りたくない。


それだけ。


透を信用していないわけではない。


むしろ逆だった。


透なら話してしまっても大丈夫な気がするからこそ、それをやったら奥村との約束が軽くなる。


《昔の中学の話》


送信。


今度は既読がついても返信が来なかった。


カーテンの向こうを見る。


透の部屋の灯りはそのままだった。


ひかりはようやくカーテンを閉めた。


その夜、ベッドへ入ってからもなかなか眠れなかった。


エアコンは切っている。


窓の外から虫の声が聞こえ、少し開けた窓から夜気が頬へ触れる。昼間の熱を残したシーツはまだぬるく、寝返りを打つたびに布が肌へまとわりついた。


奈緒の顔を思い出す。


「明日でもいい?」


自分がそう言った。


奈緒は、


「うん」


と言った。


あの時もう少し話していれば。


その考えは二年前に何度もした。


意味がないと分かってから、しなくなった。


だから今になって戻ってくるとは思わなかった。


枕元のスマートフォンが光る。


奥村からだった。


ひかりは体を起こした。


《さっきの話だけど》


その下に入力中の表示が出る。


消える。


また出る。


しばらくして届いた。


《やっぱり、忘れて》


ひかりは画面を見た。


何を、と打ちかける。


送らない。


代わりに、


《大丈夫?》


と送った。


既読はつかなかった。


暗い部屋の中で、スマートフォンの白い光だけが指先を照らしている。


ひかりはもう一度、隣の家の方を見た。


壁がある。


窓もカーテンも閉じている。


透は数メートル先にいる。


こんなに近いのに、今夜だけは妙に遠かった。

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