第22話 来るな
翌日の昼休み。
ひかりのスマートフォンへ坂東からメッセージが届いた。
《今日なら話す》
その下に、
《中原一人で》
ひかりは画面を見た。
昨日、大庭にはもう報告している。
坂東が戸塚岳から脅すような言葉を受けていたことも。
今度は勝手に動かない。
そう決めた。
《警察には言う》
送信。
すぐに返信。
《勝手にしろ》
続けて、
《ただし野崎は来るな》
ひかりの指が止まった。
なぜ透だけ。
《どうして》
《あいつが一番分からない》
数秒後、
《お前もだけど》
ひかりは画面を閉じた。
少し離れた席で、透が友人と話している。
いつも通り。
たまに笑う。
横顔だけなら、この数日のことが全部なかったように見える。
「ひかり」
朱音が机へ腰を預けた。
「何見てんの」
「見てない」
「野崎見てたじゃん」
「見てないって」
「はいはい」
朱音は笑い、それから声を少し落とした。
「最近あんたら変」
ひかりの手が止まる。
「喧嘩?」
「してない」
「じゃあ付き合った?」
「なんでそうなるの」
「距離あるから」
ひかりは朱音を見る。
「距離あるのに付き合ったになる?」
「今まで近すぎたから、普通になっただけで距離あるように見える」
朱音らしい言い方だった。
ひかりは笑えなかった。
普通。
今の自分たちは普通なのだろうか。
朱音がひかりの顔を覗く。
「本当に大丈夫?」
「うん」
「その返事信用ない」
以前、透にも似たことを言われた。
ひかりは目を伏せた。
「ちょっと色々あるだけ」
朱音はそれ以上聞かなかった。
「死なない程度にしなよ」
冗談のような口調。
でも今は、その言葉が笑えない。
朱音はすぐに、
「今の言い方最悪だった」
と顔をしかめた。
ひかりはやっと少し笑った。
放課後。
ひかりは大庭へ連絡した。
坂東との待ち合わせ。
場所。
時間。
野崎には来るなと言われていること。
『あなたも一人で行かないで』
「でも警察の人が見えたら、坂東君来ないと思います」
『だから見えないところにいる』
大庭の答えは早かった。
『あなたが話すこと自体は止めない。ただし予定を変えられたら追わない。車にも乗らない。人気のないところへ移動しない』
「分かりました」
『野崎君には?』
ひかりは少し迷った。
「まだ」
『言った方がいい』
「でも坂東君が」
『坂東君に決めさせることじゃない』
その言葉が残った。
通話を切る。
ひかりは透を探した。
教室。
いない。
廊下。
いない。
昇降口へ行く途中で、階段を上がってくる透と会った。
「どこ行ってたの」
「先生に機材返してた」
「あのさ」
ひかりは言いかけた。
透が見る。
「何」
ここで言う。
坂東と会う。
大庭も知ってる。
でも坂東は透に来るなと言っている。
その理由も伝えるべきか。
「今日、坂東君と会う」
透の表情が止まった。
「どこ」
「駅の近く」
「俺も行く」
「来ないでって」
「誰が」
「坂東君」
透の眉が寄る。
「なんで」
「透が何知ってるか分からないからって」
透の口元が少し固くなる。
「ひかりはいいの?」
「私も分からないって」
「じゃあ何で会うんだよ」
「話す相手が必要なんじゃない」
「警察は?」
「大庭さんには言ってる」
透は黙った。
その一言で止まったことに、ひかりは少しだけ安心した。
「じゃあ任せる」
透が言った。
思っていたより簡単だった。
「うん」
「変な場所移動するなよ」
「大庭さんにも言われた」
「電話すぐ出ろ」
「お父さん?」
「嫌なら出なくていい」
「そうじゃない」
ひかりは少し笑った。
透もほんのわずかに口元を緩める。
「じゃあ行ってくる」
「うん」
ひかりは階段を下りる。
一段。
二段。
背中に視線を感じる。
振り返ろうかと思った。
やめた。
透は昇降口へ向かうひかりを二階の窓から見ていた。
任せる。
そう言った。
大庭も知っている。
なら何も問題はない。
ひかりを疑う必要もない。
坂東と会うだけ。
それでも体が動かなかった。
坂東の言葉。
――お前らのどっちかが一番怪しい。
ひかりが奥村と会った。
芽衣とも会った。
今度は坂東。
三人目。
その順番が嫌だった。
違う。
坂東を心配しているだけだ。
ひかりを守りたいだけ。
どちらも本当だと思う。
だから余計に分からない。
透は窓から離れた。
鞄を取る。
一度立ち止まる。
大庭へ連絡する。
それが正しい。
スマートフォンを出す。
画面を見る。
結局、電話はしなかった。
すでに大庭は知っている。
自分が連絡する必要はない。
その理由を使ってしまった。
透は校舎を出る。
ひかりの後を追う。
追っていると認めるまでに、駅まで半分ほど歩いた。




