第21話 次はお前だ
駅へ着いたひかりは、改札を出たところで透を待った。
坂東には、
《少し遅れる》
とだけ送った。
返信はない。
大庭にも折り返した。
事情を話すと、電話の向こうでしばらく沈黙が続いた。
『会う場所は?』
ひかりが答える。
『そこから動かないで。野崎君が来ても、二人だけで坂東君を探しに行かないこと』
「でも、坂東君が帰ったら」
『帰ってもいい』
大庭の声ははっきりしていた。
『話を聞くより、生きていてもらう方が大事だから』
ひかりは返事をした。
分かっている。
けれど坂東が帰ってしまったら、また何も聞けない。
そんな考えが残る。
それが自分でも嫌だった。
駅の構内には夕方の人波が流れていた。
会社帰りにはまだ少し早く、制服姿の高校生が多い。改札機の電子音、売店から流れる揚げ物の匂い、開閉する自動ドアから入る冷たい風が混ざり、立ち止まっているひかりだけが流れから外れているようだった。
スマートフォンが震えた。
坂東。
電話だった。
「もしもし」
『野崎に話したんだな』
「坂東君が先に透へ言ったんでしょ」
『そうじゃなくて、警察』
ひかりは黙った。
『警察来るなら俺は行かない』
「来てもらった方がいいよ」
『嫌だ』
「なんで」
『話すことないから』
「あるから呼び出したんじゃないの?」
電話の向こうで、坂東が息を吐いた。
『俺が知りたいのは、お前らが何知ってるかだけ』
「私も同じ」
『じゃあ警察いらないだろ』
「二人死んでる」
ひかりの声が少し強くなった。
近くにいた人が一瞬だけこちらを見る。
ひかりは声を落とした。
「もう、隠してる場合じゃないよ」
坂東はしばらく何も言わなかった。
それから、
『戸塚岳って覚えてる?』
と言った。
ひかりは眉を寄せる。
「戸塚?」
記憶の奥を探る。
中学の同級生。
同じクラスになったことはない。
廊下で何度か見た。
背が高く、いつも少し不機嫌そうな顔をしていた印象だけが残っている。
「名前は」
『あいつに言われた』
「何を」
『次はお前だからな、って』
ひかりの指がスマートフォンを強く握った。
「いつ」
『奥村が死んだ後』
「どこで?」
『駅前』
「どういう意味?」
『知らねえよ』
坂東の声が荒くなる。
『だから気味悪いんだよ。奥村が死んで、梶原も死んで、その前に戸塚が俺にそんなこと言ってる』
「警察に言った?」
『言ってねえ』
「なんで!」
思わず声が出た。
『言ったら二年前のことまで掘られるだろ』
その一言。
ひかりは息を止めた。
「二年前の何を?」
坂東は黙った。
「奈緒のこと?」
『もういい』
「よくない」
『今日は会わない』
「坂東君」
『警察抜きなら話す』
「それは無理」
『じゃあ終わり』
通話が切れた。
ひかりはスマートフォンを耳に当てたまま立っていた。
人の流れが横を通っていく。
肩が触れそうになるたび少し避ける。
戸塚岳。
次はお前。
そして坂東は、二年前を警察に知られたくない。
胸の中にまた新しい線が増えた。
その時、
「ひかり」
声がして振り返る。
透がいた。
少し息を切らしている。
「走った?」
「駅から」
「駅ってここだけど」
「反対口出た」
「何してんの」
ひかりは思わず笑った。
ほんの少し。
透も、
「うるさい」
と眉を寄せる。
その顔を見たら、さっきまで固くなっていた肩がわずかに下がった。
「坂東は?」
「来ない」
「なんで」
「警察が来るなら嫌だって」
透の表情が変わる。
「やっぱり何か隠してる」
「うん」
「何て言ってた?」
ひかりは戸塚の名前を伝えた。
透はすぐには反応しなかった。
「戸塚岳」
「覚えてる?」
「顔は」
「坂東に『次はお前だからな』って言ったらしい」
透はスマートフォンを出した。
調べようとしている。
ひかりはその手を見て、
「待って」
と言った。
透が見る。
「何」
「今、大庭さんに話そう」
透は少しだけ固まった。
それからスマートフォンを下ろした。
「そうだな」
その返事が、以前より少し早かった。
二人で大庭へ連絡する。
説明する間、透は余計なことを言わなかった。
ひかりも。
通話が終わった後、改札前に二人だけが残る。
「帰る?」
透が聞く。
「うん」
「アイス」
ひかりが見る。
「寒いよ」
「前、秋でも食うって言ってた」
「あれは暑かったから」
「じゃあ肉まん」
「おごり?」
「なんで」
「心配させたから」
透が少し考える。
「半分」
「けち」
ひかりは笑った。
その笑いが、自分でも意外なほど普通に出た。
駅の外はもう暗い。
二人で歩き出す。
戸塚。
坂東。
奈緒。
奥村。
梶原。
分からないことは増えている。
それでも、さっき透と一緒に大庭へ話したことだけは、これまでと少し違った。
ほんの少し。
二人で同じ方向を見られた気がした。
その感覚は、長くは続かなかった。




