第19話 守りたいのか、疑いたいのか
「どうして私の番号を」
ひかりは校門の脇に立ったまま聞いた。
坂東はすぐ答えなかった。
電話越しに車の走る音。
少し風。
外にいるらしい。
『梶原から聞いた』
「梶原さんから?」
『前に。何かあった時用にって』
芽衣が生きていた時。
三人は連絡を取っていた。
完全に関係を切っていたわけではない。
『お前、野崎の幼馴染なんだろ』
「そうだけど」
『あいつ何知ってる』
質問はそれだった。
ひかりはフェンス越しに校庭を見る。
野球部の白いユニフォーム。
サッカーボールの音。
いつもの学校。
電話の向こうだけが別の場所にあるようだった。
「それを聞きたいのは私も同じ」
『は?』
「透が何を知ってるか、私にも分からない」
坂東が黙る。
「坂東君は何を知ってるの」
『何も』
「梶原さんもそう言った」
『じゃあそれでいいだろ』
「よくないよ。奥村君も梶原さんも死んだ」
坂東の呼吸が少し変わった。
「次、坂東君かもしれない」
口にすると、急に現実味が増した。
電話の向こうで小さく舌打ちする音がした。
『縁起でもないこと言うな』
「でも考えてるでしょ」
返事がない。
ひかりは確信した。
坂東も怖がっている。
「警察には話した?」
『話すことなんかない』
「じゃあ、どうして透や私のこと気にしてるの」
『野崎が宮前のことで嗅ぎ回ってるからだよ』
胸が詰まる。
「透が犯人だと思ってる?」
言ってしまった。
自分が一番聞きたくなかった言葉。
坂東はすぐには答えなかった。
『知らねえよ』
「知らない?」
『でも、奥村が死んでから急に俺たちの名前調べ始めたんだろ』
ひかりの喉が乾く。
自分と同じことを考えている。
他人の口から聞くと、ひどく冷たい推理に聞こえた。
『梶原が死ぬ前にも連絡してた』
「それは私も」
『お前も怪しいって言ってんだよ』
言葉が鋭く入った。
ひかりはフェンスを握った。
金属が冷たい。
「私?」
『奥村とも最後に会ってた。梶原にも会った。違うのか』
違わない。
事実だけなら。
透のファイルと同じ。
時間と接触だけを並べれば、自分も十分に怪しい。
ひかりは返事ができなかった。
坂東が小さく笑う。
笑ったというより、息が漏れた。
『な。そうなるだろ』
「だったら会って話そう」
気づけば言っていた。
『何で』
「電話じゃ、また何も分からない」
『警察に行けよ』
「坂東君も行ってないじゃん」
電話の向こうが静かになる。
ひかりは続けた。
「私、透がやったとは思いたくない」
自分の声が少し震えた。
言ってから、ここまで自分が透を疑っていたことを初めて認めた気がした。
「でも何を知ってるか分からない。坂東君が何を隠してるかも分からない。それでまた誰か死ぬのは嫌」
坂東は長く黙った。
『明日』
「え?」
『学校終わってからなら少しだけ』
場所を指定する。
隣の市の駅近く。
人通りのある場所。
『一人で来い』
ひかりの指先に力が入る。
「分かった」
『野崎には言うな』
胸が強く鳴った。
「どうして」
『あいつが何者か分かんねえからだよ』
通話が切れた。
ひかりはスマートフォンを耳に当てたまま、しばらく動けなかった。
透に言う。
普通ならそうすべきだ。
大庭にも連絡するべき。
大庭には、坂東へ接触するなと言われた。
もう接触してしまった。
ひかりは目を閉じる。
順番を間違えている。
分かっている。
それなのに、透が違うと確認したい気持ちの方が先へ進んでしまう。
帰り道。
透は校門の外で待っていた。
「遅かったな」
「電話してた」
ひかりは答えた。
透が見る。
「誰と?」
ここで言えばいい。
坂東。
でも、
「ちょっと」
と答えた。
透の顔が止まる。
「ちょっとって誰」
「知り合い」
「俺も知ってる?」
「何でそんな聞くの」
透は口を閉じた。
「ごめん」
ひかりの胸が痛んだ。
また。
聞かれたら腹が立つ。
聞かれなくても嫌。
自分でもどうしたいのか分からない。
「明日」
ひかりが言った。
「何」
「文化祭準備、少し抜ける」
「どこ行くの」
「用事」
透の眉が寄る。
「また?」
「またって何」
「梶原の時も用事って言ってた」
ひかりの足が止まった。
透も止まる。
夕暮れ。
家々の窓に灯りがつき始めている。
どこかからカレーの匂いが流れ、道路の向こうで犬が一度だけ吠えた。
「何で知ってるの」
ひかりが聞く。
「梶原から聞いた」
「梶原さんと、まだ連絡してたの?」
「死ぬ前に」
言い方が引っ掛かった。
死ぬ前に。
まるで時系列を確認するような言い方。
ひかりはそんな自分の受け取り方が嫌になった。
「透」
「何」
「もし私が、透の知らないこと調べてたら嫌?」
変な質問だった。
透は少し考える。
「内容による」
「そういう答えすると思った」
「じゃあ何て言えばいいんだよ」
「別に」
ひかりは歩き出す。
透が追いつく。
二人の肩が一度だけ触れた。
昔なら気にしなかった。
今はそこだけ温度が残った。
守りたい。
信じたい。
疑いたくない。
その全部が同じ方向を向いていない。
ひかりには、それが一番苦しかった。




