第18話 同じ中学
ICレコーダーの件で大庭から連絡が来たのは、二日後だった。
昼休み。
透は校舎裏のベンチにいた。
文化祭準備の騒がしさから少し離れた場所で、風が冷たい。植え込みの土は前夜の雨で黒く湿り、近くの給食室から煮物の匂いが流れてくる。雲の隙間から差す光は弱く、ベンチの金属部分だけが白く光っていた。
スマートフォンが震える。
大庭。
『少し話せる?』
「はい」
『録音、確認できた』
透は背筋を伸ばした。
「何か分かりました?」
『あなたが聞いた通り、奥村、梶原という名前は拾えてる。「四人」も可能性が高い』
「女の声は?」
『複数人いる。少なくとも一人は女性。でも誰かは特定できない』
透は目を閉じた。
新しい音が出たわけではない。
同じもの。
警察が聞いても同じだった。
それだけで、今まで自分一人の思い込みだったものが少し現実へ近づいた。
『坂東祐生についても確認を進めてる』
「何かありました?」
『ここから先は捜査情報だから全部は話せない』
大庭はそこで少し言葉を切った。
『ただ、奥村亮介と梶原芽衣が同じ中学校、同じ学年だったことは確認してる。坂東祐生も同じ中学』
「奈緒も」
『そう』
透はベンチの端を指で触った。
冷たい。
『野崎君』
「はい」
『坂東へ連絡しようとしてる?』
透は答えなかった。
その沈黙だけで伝わったらしい。
『しないで』
「でも」
『でもじゃない。今、警察からも接触してる』
「坂東は何て?」
『それは言えない』
大庭の声が少し硬くなる。
『あなたが動くと、相手が警察には言わないことまで隠す可能性がある。前にも言ったよね』
透は唇を結んだ。
「分かりました」
『本当に?』
「今は」
大庭が小さく息を吐いたのが分かった。
『その答え、あまり信用できないな』
「すみません」
『謝るなら動かないで』
電話が切れた。
透はスマートフォンを膝へ置いた。
坂東。
警察も接触している。
なら任せればいい。
自分がやる必要はない。
それが正しい。
分かっている。
それでも、芽衣が最初に、
《私じゃなくて坂東に聞いて》
と言ったことが頭から消えない。
なぜ坂東だったのか。
三人は何だったのか。
四人という音声は何を指しているのか。
透はそこまで考え、顔を上げた。
校舎の二階。
窓際にひかりがいる。
誰かと話している。
笑っている。
普通の昼休み。
透は少しだけ安心した。
その直後、自分がひかりの姿を確認して安心したこと自体が嫌になった。
監視しているわけではない。
たまたま見ただけ。
そう思ったところで、
「野崎」
横から声を掛けられた。
顔を上げる。
青砥伊吹だった。
三年生。
以前、文化祭の機材関係で少し話したことがある。
「ここ使ってる?」
「いや、どうぞ」
伊吹がベンチの端へ座る。
「何か難しい顔してたけど」
「別に」
「それ、だいたい別にじゃない時の返事だな」
透は少しだけ笑った。
伊吹も笑う。
遠くで体育館から笛の音が聞こえる。
「宮前奈緒って知ってます?」
なぜ聞いたのか、自分でも分からなかった。
伊吹の動きが、一拍だけ止まった。
ほんの少し。
すぐに、
「知ってるよ」
と答える。
「同じ中学じゃないですよね」
「噂ではね。二年前、亡くなった子だろ」
「どんな子だったか知ってます?」
伊吹は前を向いた。
「頑固だったんじゃない」
透は横を見る。
伊吹もその視線に気づいた。
「なんでそう思うんですか」
「昔、誰かから聞いた」
軽く言った。
「正しいと思ったら引かないタイプだったって」
透は何も言わなかった。
伊吹はベンチから立つ。
「事件のこと気になるのは分かるけど、あんまり深入りしない方がいいんじゃない」
「みんなそれ言いますね」
「そりゃそうだろ。二人死んでる」
伊吹は少し笑い、
「じゃあな」
と校舎へ戻っていった。
透はその背中を見る。
頑固だった。
知っているような言い方だった。
でも噂で聞いたと言われれば、それまでだ。
頭の片隅へ置く。
今は坂東の方が重要だった。
その日の放課後。
ひかりは大庭から呼ばれた。
今度は学校ではなく電話だった。
『梶原さんと会ったこと、確認したい』
ひかりは校門脇の植え込みから少し離れた場所で立ち止まった。
「はい」
『何を話した?』
ひかりは答えた。
奈緒。
透。
三人。
奥村、芽衣、坂東。
全部。
一つだけ、透のファイルを勝手に見たことは言えなかった。
そこは事件そのものより、自分と透の間の問題に思えた。
『坂東さんへは連絡した?』
「まだです」
『しないでね』
また。
ひかりは少し眉を寄せた。
「透にも同じこと言いました?」
電話の向こうが一瞬静かになる。
『野崎君にも必要な注意はしてる』
「そうですか」
『気になる?』
「別に」
言ってから、大庭が少し笑った気配がした。
『中原さん』
「何ですか」
『人が本当のことを言ってても、全部を話してるとは限らない』
ひかりは黙った。
『梶原さんもそうだったかもしれない。あなたもそう。野崎君も』
胸の内側が少し刺さる。
「透、何か隠してました?」
『それには答えられない』
「ですよね」
『ただ、一つだけ。彼は今、捜査には協力してる』
ひかりは目を閉じた。
「分かりました」
電話を切る。
空は夕方の色へ変わり始めていた。
橙色の光が校舎の窓へ反射し、冷たい風の中にどこかの焼却炉から流れてきた煙の匂いが混じっている。
透は捜査に協力している。
その事実を胸の中で何度か繰り返した。
違うかもしれない。
透は犯人じゃない。
そう思いたい自分には、十分な材料に見えた。
でも。
奥村も芽衣も死んだ。
坂東が残っている。
そこまで考えた時、ひかりのスマートフォンに知らない番号から着信が入った。
出るか迷う。
三回目。
四回目。
「もしもし」
『中原ひかり?』
男子の声。
「誰?」
『坂東祐生』
ひかりの息が止まった。
『俺のこと、調べてるらしいな』
夕方の校庭から、部活の掛け声が一斉に響いた。




