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『幼馴染が連続殺人犯かもしれない』  作者: asnt2026


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第17話 警察に渡すもの

透は帰宅してすぐ、黒いファイルを机へ置いた。


開かない。


椅子にも座らない。


制服のまま、窓際に立った。


梶原芽衣が死んだ。


ひかりは昨日会っていた。


自分も梶原へ連絡した。


奥村も死んだ。


そこに奈緒の名前がある。


同じ録音に奥村と梶原の名が残っている。


ここまで揃っているのに、自分だけで持っている理由はもうなかった。


大庭の言葉が頭に戻る。


――何か見つけたら、自分で判断しないで持ってきて。


前は答えなかった。


今は、それが間違いだったと分かる。


透は机の引き出しを開け、ICレコーダーを取り出した。


小さい。


手のひらに収まる。


これを警察へ渡したら、自分が何を調べていたのか全部知られる。


ひかりのことを書いたファイルまで見られるかもしれない。


その考えが一瞬浮かんだ。


すぐ消す。


今、気にすることではない。


透はスマートフォンを取った。


大庭から以前もらった連絡先。


電話をかける。


三回目の呼び出しで繋がった。


『大庭です』


「野崎です」


『うん』


少し間。


『何かあった?』


透はレコーダーを見る。


「前に聞かれた時、言わなかったものがあります」


電話の向こうが静かになった。


『何?』


「宮前奈緒のICレコーダー」


言った。


言葉にすると、思っていたより簡単だった。


『今、手元にある?』


「あります」


『中は確認した?』


「しました」


『何が入ってた?』


「全部は分かりません。でも、奥村と梶原の名前が聞こえます」


今度の沈黙は長かった。


『坂東祐生は?』


透は眉を寄せる。


「名前は、はっきりとは入ってません」


『分かった。今から持って来られる?』


「はい」


『一人で来て。途中で誰にも見せないで』


電話が切れた。


透は制服のポケットへレコーダーを入れた。


その時、隣の家の窓へ目が向いた。


ひかりの部屋。


カーテンは閉まっている。


一言伝えようか迷う。


警察へ行く。


奈緒のレコーダーを渡す。


言えば、ひかりが昨日から求めていた答えの一部にはなる。


でも今は大庭の指示がある。


誰にも見せない。


透はスマートフォンをしまった。


その判断が、またひかりから見れば「隠した」になる可能性までは考えなかった。


警察署は思っていたより明るかった。


蛍光灯の白い光。


無機質な床。


受付の近くにはコピー機の熱と紙の匂いが漂い、外の冷たい空気を引きずってきた透には室内が少し暑く感じられた。


大庭は小さな面談室で待っていた。


透がレコーダーを机へ置く。


大庭はすぐには触らなかった。


「これはどういうもの?」


透は説明した。


奈緒から一度修理を頼まれたこと。


返却したこと。


奈緒の死後、母親から託されたこと。


奥村が亡くなった後に、存在を思い出したこと。


壊れていたので修理したこと。


録音を確認したこと。


大庭は途中で一度だけ聞いた。


「奈緒さんのお母さんには、中を確認したと話した?」


透は黙る。


「まだです」


「そう」


責めるような声ではなかった。


それが逆に少し痛い。


「聞いてもらえますか」


透が言った。


大庭は頷いた。


「もちろん。ただ、この場で一緒に何度も再生するより、正式にデータを取った方がいい」


「はい」


「野崎君」


「何ですか」


「どうして前は言わなかったの?」


透は机を見る。


「何が入ってるか分からなかったから」


「今は分かる?」


「分かりません」


言ってから、自分でも変だと思った。


大庭は少しだけ眉を上げた。


「じゃあ、何が変わった?」


梶原が死んだ。


そこしかない。


「二人目が死んだから」


大庭は頷いた。


「それで十分」


透は顔を上げた。


「十分?」


「警察へ持ってくる理由としてはね。中身の意味を決めるのは、それからでいい」


透は何も言わなかった。


ずっと逆だった。


意味を決めてから話そうとしていた。


確定してから。


間違っていないと分かってから。


でも、その間にも人は死ぬ。


「ファイルもあります」


透が言った。


大庭の目が動く。


「何の?」


「自分で調べたことをまとめたもの」


少し迷って続ける。


「ひかりの行動も、一部書いてあります」


「中原さんを疑ってる?」


心臓が一度強く動いた。


「分からないです」


「それは疑ってる人の答え?」


大庭の声は静かだった。


透は口を閉じる。


「俺は」


言葉が出ない。


疑っている。


その一言がどうしても言えない。


「奥村と最後に会ったのがひかりで、梶原とも会ってた」


言えるのは事実だけだった。


「でも、それだけです」


大庭は透を見た。


「事実だけ並べると、そう見える?」


透は頷かなかった。


否定もしなかった。


大庭はしばらく黙った後、


「ファイルも持ってきて」


と言った。


「ただしコピーを取るかどうかは、中身を確認してから決める。あなたの私的な記録まで何でも捜査資料にするわけじゃない」


「分かりました」


席を立つ。


扉へ向かう前、大庭が呼び止めた。


「野崎君」


振り返る。


「今日持ってきたのは、正しい判断だったと思う」


透は少しだけ目を伏せた。


もっと早くすればよかった。


その言葉は口にしなかった。


翌日。


ひかりは教室で、透が大庭と話していたことを担任から聞いた。


正確には、担任が、


「野崎は昨日も警察へ協力して遅くなったらしいから、文化祭準備で無理させるなよ」


と何気なく言っただけだった。


ひかりの手が止まる。


警察へ協力。


昨日。


透はそんなことを一言も言わなかった。


また隠した。


最初はそう思った。


でもそのすぐ後に、別の考えが出た。


犯人が、自分から警察へ行く?


証拠を渡したのか。


何を。


分からない。


透を見る。


窓際で誰かと話している。


普通の顔。


ひかりは胸の奥にあった固いものがほんの少しだけ緩むのを感じた。


透が犯人なら。


その考えの後を、初めて自分から否定できた。


それでも完全には消えない。


なぜなら、何を警察へ渡したのか知らない。


透はまだ、自分には何も話していない。


ひかりは目を伏せた。


疑う理由と、疑わない理由が同時に増えていく。


どちらが正しいのか分からない。


前より難しくなっただけだった。



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