↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『幼馴染が連続殺人犯かもしれない』  作者: asnt2026


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
16/40

第16話 二人目

朝になっても、梶原芽衣から返信はなかった。


ひかりは目を覚ますと、枕元のスマートフォンを手に取った。


《ごめん。心配だから、無事ならそれだけ返事して》


昨夜送ったメッセージ。


未読。


画面に表示されている時刻は六時十七分。


まだ早い。


寝ているだけかもしれない。


スマートフォンを伏せ、布団から出た。


顔を洗う。


制服へ着替える。


朝食を食べる。


その間に二度、画面を確認した。


変わらない。


玄関を出る前にもう一度。


未読。


「ひかり、行かないの?」


母親の声で顔を上げる。


「行く」


靴を履く。


外へ出た。


空は低い雲に覆われていた。


昨夜より気温が下がり、吸い込んだ空気が喉の奥まで冷たい。隣家の庭から湿った土と落ち葉の匂いが漂い、道路にはまだ朝の光が十分届いていなかった。


透は少し先で待っていた。


「おはよう」


「おはよ」


歩き出す。


透が何か言うかと思った。


昨日のこと。


梶原のこと。


大庭に呼ばれたこと。


何も言わない。


ひかりも聞かなかった。


スマートフォンが制服のポケットにある。


振動していないのに、何度も震えた気がした。


「昨日」


透が言った。


ひかりは顔を上げる。


「何?」


透は数秒黙った。


「ちゃんと夕飯食った?」


予想していなかった。


「食べたけど」


「昼ほとんど食ってなかったから」


「クリームパンもらったじゃん」


「あれ一個だろ」


「お母さんみたい」


「嫌ならもう買わない」


「嫌とは言ってない」


透はそれ以上言わなかった。


どうでもいい会話。


前なら本当にどうでもよかった。


今はそういう会話ほど、なくしたくないものに思えた。


学校へ着く。


昇降口。


いつものざわめき。


靴箱。


制服。


誰かの笑い声。


ひかりが上履きへ履き替えた時、同じクラスの女子がスマートフォンを見ながら、


「ねえ、これ」


と言った。


別の女子が画面を覗く。


「どこ?」


「隣の市」


ひかりは聞くつもりではなかった。


けれど次の言葉が耳に入った。


「女子高生だって」


手が止まる。


何でもない。


高校生なんてたくさんいる。


隣の市だって広い。


そう思ったのに、体が勝手にそちらを向いた。


「どうしたの?」


ひかりが聞く。


女子が画面を見せた。


ニュース速報。


文字が小さい。


十代女性。


死亡。


自宅近く。


事件の可能性。


学校名までは出ていない。


ひかりの指先が冷たくなった。


「名前は?」


自分でも驚くほど早く聞いた。


「まだ出てないみたい」


透が隣に立った。


画面を見る。


顔が変わった。


ほんの少しだけ。


でもひかりには分かった。


透も同じ名前を考えた。


「違うよね」


ひかりが言った。


誰に言ったのか分からない。


透は答えなかった。


一時間目が終わる頃には、学校名が出た。


梶原芽衣が通っていた高校だった。


二時間目の途中。


名前も出た。


教師の声が遠くなった。


黒板には数式。


チョークが動いている。


ひかりは机の下でスマートフォンを握った。


見てはいけないと分かっている。


授業中。


それでも画面を開く。


梶原芽衣。


十七歳。


死亡。


文字はそれだけだった。


昨日会った。


昨日、同じテーブルに座った。


ストローで氷を回していた。


「私たち三人は、もう関係ないから」


そう言った。


そして店を出ていった。


あれが最後になった。


ひかりはスマートフォンを閉じた。


机へ置く。


指を離せない。


昨日送ったメッセージが頭に浮かぶ。


《無事ならそれだけ返事して》


返事がなかった。


返せなかったのだ。


「中原」


教師に呼ばれた。


ひかりは顔を上げる。


「大丈夫か?」


クラスの何人かがこちらを見ている。


「はい」


声は出た。


何が大丈夫なのか分からない。


「気分悪いなら保健室行けよ」


「大丈夫です」


また言った。


その言葉だけが、口から勝手に出ていく。


隣の列に透がいる。


目が合った。


透は何も言わない。


でも視線が外れない。


ひかりは先に目を伏せた。


黒いファイルが浮かぶ。


奥村。


死亡。


梶原芽衣。


その次。


坂東祐生。


違う。


ただ並べてあっただけだ。


透は事件を調べている。


そう言った。


でも。


奥村が死んだ。


透の資料に梶原の名前があった。


そして梶原も死んだ。


その順番だけが、頭の中で嫌なほどきれいに並ぶ。


胸の内側が縮む。


そんなわけがない。


透が。


そんなはずない。


なのに、そう思えば思うほど、昨日見た紙の文字が濃くなる。


昼休み。


ひかりはトイレの洗面台の前に立っていた。


水を出す。


冷たい。


両手へかける。


指先の感覚が少し戻る。


鏡を見る。


顔色が悪い。


後ろでドアが開く。


丹羽朱音が入ってきた。


同じクラスではない。


廊下でひかりを見かけ、追ってきたらしい。


「ひかり」


「朱音」


朱音は鏡越しにひかりを見る。


「大丈夫じゃない顔してる」


ひかりは少しだけ笑った。


「みんなそれ言う」


「じゃあ本当に大丈夫じゃないんじゃない」


朱音らしい言い方だった。


遠慮がない。


ひかりは蛇口を閉めた。


「梶原さん、知ってた?」


朱音の顔が止まる。


ほんの一瞬。


「中学一緒だったから、名前は」


「奈緒と同じクラスだったよね」


朱音は視線を外した。


「そうだったと思う」


「思う?」


「二年前のクラス全部覚えてる?」


「朱音も同じクラスだったでしょ」


少し間があった。


「そうだけど」


朱音は髪を耳へ掛ける。


「急にどうしたの」


「別に」


今度はひかりが隠した。


朱音は何か言いたそうにしたが、やめた。


「ひかり」


「何」


「変なこと調べてるなら、やめた方がいいよ」


ひかりの背中を冷たいものが通った。


「何で?」


「今、二人死んでるんでしょ」


「二人?」


言った後、朱音の口が閉じた。


ひかりは鏡越しにその顔を見る。


奥村。


梶原。


二人。


ただそれだけなら誰でも知っている。


ニュースを見れば分かる。


そう思う。


それでも今の朱音の言い方が耳に残った。


「朱音、何か知ってる?」


「知らない」


答えは早かった。


「じゃあ何で」


「ひかり」


朱音は一歩近づいた。


「知らないから言ってるの。危ないことに首突っ込まないで」


その声は少し低かった。


ひかりは返事をしなかった。


廊下から昼休みのざわめきが聞こえる。


トイレの中だけ、空気が一段冷たいように感じた。


放課後。


透は教室を出るひかりを呼び止めた。


「ひかり」


振り返る。


「何」


透は一度口を開き、閉じる。


それから、


「梶原と昨日会った?」


と聞いた。


とうとう来た。


ひかりは透を見る。


「会った」


隠さなかった。


透の肩が少しだけ下がる。


安心したようにも見えた。


「何話した?」


その問いで、また元へ戻る。


ひかりは少し考え、


「奈緒のこと」


と答えた。


「それだけ?」


透が聞く。


あの時、自分が透にした質問と同じだった。


ひかりは唇を結んだ。


「透も梶原さんに聞いたんでしょ」


「聞いた」


「何を」


「奈緒のこと」


「それだけ?」


今度は透が黙る。


二人の間に、同じ形の質問だけが残った。


ひかりは鞄の紐を握った。


「透」


「何」


「梶原さんが死んだこと、どう思ってる?」


透の顔がわずかに変わった。


「どうって」


「二人目だよ」


言った瞬間、その言葉が自分の耳に重く落ちた。


二人目。


連続している。


透もそれを感じたらしい。


しばらく何も言わない。


「偶然じゃないと思う」


やがて透が言った。


ひかりは透を見る。


「どうして?」


「同じ名前が出てるから」


「どこに?」


透は答えなかった。


ひかりの喉が締まる。


やっぱり。


何か持っている。


何か知っている。


そして話さない。


「もういい」


ひかりが言った。


透が眉を寄せる。


「またそれ?」


「透も同じじゃん」


「何が」


「何も言わない」


「まだ確定してない」


「梶原さん、死んだよ」


声が少し強くなった。


教室に残っていた何人かがこちらを見る。


ひかりは声を落とす。


「それでも、まだ?」


透は何も言わなかった。


ひかりはその顔を見ていた。


一番言ってほしい言葉は簡単だった。


俺じゃない。


そんなことするわけない。


でも、ひかりはまだ一度も透を犯人だと言っていない。


だから透も否定できない。


そのことに気づいた。


言えばいい。


聞けばいい。


透が殺したの?


口まで来た。


出なかった。


そんな言葉を一度でも透へ向けたら、何かが戻らなくなる気がした。


「帰る」


ひかりは言った。


透は、


「一緒に?」


と聞かなかった。


それが少しだけ痛かった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。