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『幼馴染が連続殺人犯かもしれない』  作者: asnt2026


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15/40

第15話 全部を話していない

翌日の三時間目が終わった後、透は担任に呼ばれた。


「野崎、ちょっと職員室まで」


教室が少しざわつく。


誰かが、


「何やった?」


と笑った。


「何もしてない」


透は答えた。


自分ではそう思っている。


廊下へ出る。


担任は職員室へ入らず、そのまま応接室の方へ向かった。


透の足が少し遅くなる。


前にもひかりが呼ばれた場所。


扉の前で、何となく分かった。


中には大庭佳澄がいた。


前に学校で見た時と同じ落ち着いた服装。


机の上にはノートとペン。


窓から午前の光が入り、壁際の観葉植物の葉に細い影を作っている。部屋には古い紙と暖房の乾いた匂いが混じり、廊下より少しだけ温度が高かった。


「授業中にごめんね」


大庭が言う。


「座って」


透は向かいへ座った。


「何ですか」


「梶原芽衣さんに連絡した?」


透は大庭を見る。


すぐに答える。


「しました」


「宮前奈緒さんのことで?」


「はい」


「どうして?」


説明できる。


ICレコーダー。


そこまで考えて、透は止まった。


レコーダーの存在をまだ警察へ話していない。


その判断が急に重く見えた。


大庭は待っている。


「昔のことが気になったからです」


「奥村さんが亡くなった後に?」


「はい」


「坂東祐生さんにも?」


透の指が膝の上で動いた。


「まだ連絡はしてません」


大庭は少しだけ頷く。


「梶原さんには何を聞いた?」


「奈緒のこと」


「それだけ?」


「坂東の名前を出されました」


「梶原さんから?」


「はい」


大庭はノートへ何かを書く。


透はその手元を見る。


「どうして俺が梶原に連絡したって知ってるんですか」


「聞き取りをしてるから」


「梶原にも?」


「必要な人にはね」


詳しくは言わない。


当然だと思った。


自分がやっていることと違う。


警察は情報を集めても、それを誰にでも話さない。


「野崎君」


大庭がペンを置いた。


「事件を調べるのはやめた方がいい」


「何でですか」


「危ないから」


「何が」


「それを今から調べるのが私たちの仕事だから」


透は黙る。


「気になるのは分かる。宮前さんも昔の知り合いで、奥村さんも同じ学校。中原さんまで事情を聞かれたら、自分で確かめたくなるのも分かる」


「でも?」


「でも、自分で聞いて回ると相手を警戒させる。相手が嘘をつく理由も作るし、本当に危ない人がいたら、自分が何を知ってるか教えることにもなる」


透は机の端を見る。


反論が浮かばない。


大庭は続けた。


「それに、記録だけ見てると間違えることがある」


透が顔を上げる。


「どういう意味ですか」


「時間が合う。場所が合う。言ったことと行動も合う。それでも、その人が何を考えていたかまでは記録に残らない」


大庭は少し間を置いた。


「逆もある。人が嘘をつけば、数字の意味まで変わって見える」


ひかりの名前が頭へ浮かんだ。


奥村との会話を全部話さなかった。


梶原へ会ったことも言わなかった。


自分も同じだ。


レコーダーを隠している。


透は視線を落とした。


「何か持ってる?」


大庭の声。


心臓が一度だけ強く鳴った。


「何かって」


「宮前さんに関するもの。記録とか、昔のメッセージとか」


レコーダー。


答えなければいけない。


そう思った。


けれど口から出たのは、


「今は、特に」


だった。


大庭は透を見た。


長くはない。


ただ、その数秒が嫌だった。


「そう」


それ以上は追及しなかった。


「何か見つけたら、自分で判断しないで持ってきて」


「はい」


応接室を出る。


扉が閉まる。


透は廊下で立ち止まった。


今は、特に。


嘘だった。


完全な嘘ではないと思いたい自分がいる。


レコーダーに事件の証拠があると確定したわけではない。


ただ名前が聞こえただけ。


だからまだ。


その言葉が、自分でも聞き飽きた言い訳に思えた。


昼休み。


ひかりは一人で中庭のベンチに座っていた。


風が少し冷たい。


木々の葉はまだ緑を残しているが、足元には黄色くなった葉が何枚か落ちている。購買で買った温かいミルクティーから甘い香りが上がり、缶を両手で包むと指先へじんわり熱が移った。


芽衣へメッセージを送る。


《昨日はごめんなさい》


少し迷って、


《もう一つだけ聞かせてほしい》


と続けた。


《三人って、奥村君と梶原さんと坂東君のこと?》


送信。


既読はつかない。


ひかりはスマートフォンを膝に置いた。


「ここいた」


透の声。


顔を上げる。


「何」


「昼食べた?」


「まだ」


「パン買ってきた」


透が袋を差し出す。


ひかりの好きなクリームパン。


「なんで」


「購買行ったから」


「私の分まで?」


「昨日昼ほとんど食ってなかっただろ」


ひかりは受け取った。


「よく見てるね」


言った瞬間、二人とも少し黙った。


透の顔から、ごく薄く表情が引く。


ファイル。


ひかりの行動時間。


そのことをお互い思い出したのかもしれない。


「そういう意味じゃない」


透が言う。


「分かってる」


包みを開ける。


甘い匂い。


一口食べる。


いつもと同じ味。


「大庭さんに呼ばれた?」


ひかりが聞いた。


「見てた?」


「教室で先生が呼んでたから」


「少し話した」


「奥村君のこと?」


「うん」


透が隣へ座る。


ベンチは二人で座るには少し狭い。


制服の袖が触れそうになる。


少し離れようと思えば離れられる。


二人とも動かなかった。


「ひかり」


透が言う。


「何」


「梶原に」


そこまで。


ひかりの手が止まる。


透も止まった。


視線が合う。


知ってる。


そう思った。


透は梶原に会ったことを知っている。


どうして知った。


梶原が話した。


そこまで一瞬で繋がった。


「梶原さんが何?」


ひかりは聞いた。


透は数秒黙った。


「いや」


また。


ひかりはパンを包みへ戻した。


「透って最近、それ多いね」


「何が」


「言いかけてやめる」


「ひかりもだろ」


「私?」


「昨日、駅で何してた」


心臓が少し速くなる。


「用事」


「それは聞いた」


「じゃあいいでしょ」


「よくないから聞いてる」


ひかりは透を見る。


いつもの彼とは違う。


怒っているわけではない。


でも目がこちらを確かめようとしている。


その視線を知っている。


壊れた機械を見る時の透だ。


どこがおかしい。


何が原因。


一つずつ確かめる。


自分がそれを向けられている。


「透だって全部話してないよね」


ひかりが言った。


透の口が閉じる。


「私にだけ話せっていうの?」


「そういう意味じゃ」


「またそれ」


風が吹いた。


足元の葉が一枚だけ転がる。


乾いた音が地面を擦り、少し離れたところで止まった。


二人とも何も言わない。


授業開始を知らせる予鈴が遠くで鳴る。


ひかりは立った。


「戻ろ」


透も立つ。


並んで歩く。


少し前までなら、沈黙は苦にならなかった。


話さなくても分かる。


そう思っていたから。


今は違う。


話していないから分からない。


それだけなのに、その間へ何か別のものが入っている気がした。


放課後。


文化祭準備が終わった後、ひかりは教室に残った。


透は先生に頼まれて機材を返しに行っている。


窓の外はもう暗くなりかけていた。


校庭の照明が点き、ガラスに教室の中が薄く映る。段ボールや絵の具の匂いは数日で染みついたようになり、誰もいない教室では昼間より強く感じた。


ひかりはスマートフォンを見る。


芽衣へのメッセージ。


まだ既読がない。


もう一度送るか迷う。


やめた。


しつこくしたくない。


透が言ったからではない。


大庭に止められたこともまだ知らない。


それでも芽衣の顔を思い出す。


私たち三人は、もう関係ない。


あの言葉。


関係ないと言う人ほど、何かとの関係を切ろうとしている。


そんなことを考えた。


スマートフォンが震える。


ひかりはすぐ画面を見る。


芽衣ではない。


母親。


《今日は何時?》


《もう帰る》


送る。


芽衣との画面へ戻る。


変化なし。


教室のドアが開いた。


透が戻ってくる。


「まだいたの」


「今帰るとこ」


「一緒に帰る?」


一瞬だけ、ひかりは迷った。


それから、


「うん」


と答えた。


校舎を出る。


夜の空気は昼よりずっと冷たい。


二人の吐く息はまだ白くならない。それでも冬へ向かう匂いのようなものがあり、正門近くの木から落ちた葉が風に押されて歩道を滑っていた。


透と並んで歩く。


いつもの道。


手を伸ばせば届く距離。


それなのに、互いに持っているものの方が距離より大きくなっている。


ひかりのポケットの中でスマートフォンが震えた。


足が止まる。


透も止まった。


「どうした?」


「何でもない」


ひかりは画面を見る。


通知はなかった。


振動したと思っただけだった。


芽衣からの返事を待ちすぎている。


「行こ」


歩き出す。


その夜、ひかりはもう一度だけ芽衣へ送った。


《ごめん。心配だから、無事ならそれだけ返事して》


送信。


一時間。


二時間。


日付が変わっても、既読はつかなかった。

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