第1節:地下に鳴る歯車と偽りの光
神の慈悲は、静寂の中にあるのではない。
それは、重苦しく響き渡る木の歯車の軋みと、人々の荒い吐息の中に宿っている――少なくとも、私はそう教えられてきた。
大聖堂の地下深く、冷たく湿った石造りの広間が私の仕事場だ。
「……エリナ様。もう、足が動きません……」
青白い顔をした若い巡礼者の少年が、巨大な発電機の木枠に縋り付いたまま崩れ落ちた。
私は急いで彼に駆け寄り、痩せ細った肩を抱きかかえる。
「無理をしないで。神様はあなたの献身を、この光を通じて見ておいでです」
私は腰に下げた、教団の至宝『聖光の瞳』を掲げた。
かつての文明が遺したという、透明な滴のような形をした小さな石。
私がその側面のスイッチを優しくなぞれば、それは太陽の欠片を閉じ込めたかのような、透き通った白い光を放つ。
少年の濁った瞳に、その輝きが映った。
彼は震える手で光に触れようとし、満足げな笑みを浮かべて意識を失った。
私は彼を救護所へと運ぶよう他の信者に指示し、残された『瞳』を見つめた。
この光を灯すためには、何十人もの人々が交代で、血を吐くような思いで地下の歯車を回し続けなければならない。
彼らが紡ぎ出したエネルギーが、壁を這う銅の蔦を伝わり、この小さな器に蓄えられる。
ソラリス教団において、この光は「無知なる闇を払う知恵」の象徴だ。
だが、最近の私には、これが人々の寿命を吸い取って輝く、貪欲な獣の眼差しのように感じられてならない。
最近、地上では不穏な噂が絶えない。
数ヶ月前、一人の薄汚れた傭兵が持ち込んだという『不滅の種火』。
それを祀り始めてから、大聖堂の空気はどこか澱み、古参の司祭様たちが次々と奇妙な熱病に倒れているという。
さらに、共同戦線を張る公国軍が開発したという新兵器の噂。
「見えない霧」を浴びた敵兵は、一瞬で肉が腐り落ちるという凄惨な話。
私が管理するこの『瞳』も、あの恐ろしい兵器も、どちらもかつての文明が遺した「力」の一部なのだとしたら。
私たちは神の慈悲を仰いでいるのではなく、ただ、死に絶えた過去の亡霊に命を捧げているだけではないのか。
「……いいえ。迷ってはいけないわ、エリナ」
私は強く首を振り、祈りの言葉を唱えた。
司教様は仰った。
北の果てにある聖域には、世界中の人々を救い、病を癒やす本物の太陽が眠っていると。
そこへ辿り着けば、地下で苦しむ彼らも、もう歯車を回す必要はなくなるのだと。
私は胸元で十字を切り、まだ温もりを失っていない『瞳』を握りしめた。
救いたい。
この光を信じて倒れていく人々に、本物の救済を届けたい。
その無垢な願いが、私をあの凍てつく北の戦場へと駆り立てる唯一の理由だった。




