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灰色の聖域 —神が捨てた十万年の遺産—  作者: ネギ玉(仮)
第3章:枢機教団ソラリス — 盲信という名の檻

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第2節:奇跡の影、呪いの足音

大聖堂の最深部、かつて聖者の遺骨が納められていたという黄金の祭壇には、今やあの「石」が据えられている。

 司教様はそれを『ソラリスの心臓』と呼び、神が遣わした不滅の種火として崇めている。


 だが、私にはどうしても、それが祭壇に生け贄を求める黒い瞳のように見えて仕方がなかった。


「……エリナ、祈りが止まっているぞ」


背後から声をかけられ、私はびくりと肩を揺らした。


 振り向くと、そこには最高司教様が立っていた。

 かつては威厳に満ちていたそのお姿は、ここ数週間で見る影もなく衰えていた。

 法衣に隠されてはいるものの、首筋には不気味な黒い痣が浮かび、時折漏れる咳には、どろりとした赤黒い塊が混じっている。


「申し訳ありません、司教様。……ただ、その、このお部屋の空気が少し……」


「空気だと? ああ、奇跡の熱に当てられたか。凡俗の身には少々刺激が強いかもしれんな」


司教様は虚ろな目で石を見つめ、陶酔したように笑った。

 祭壇の足元には、ステンドグラスの窓から迷い込んだのであろう小鳥が数羽、無造作に転がっていた。


 外傷はない。

 だが、その羽は不自然に抜け落ち、小さな骸はまるで内側から焼かれたように乾ききっている。


「司教様、この鳥たちは……。それに、最近地下で歯車を回す信者たちの中に、急激に髪が抜け、嘔吐を繰り返す者が増えています。これは本当に、神の御心なのでしょうか」


私の震える問いに、司教様の眼光が鋭く光った。


「エリナ。光が強ければ、影もまた深くなるものだ。彼らの苦痛は、聖域へと至るための試練に過ぎない。軍のゲルハルト閣下も仰っていた。この石は『選ばれし者』に力を与え、不浄なる者を焼き払う聖火なのだと」


軍の閣下。

 あの、凍りつくような冷徹な瞳をしたお方の名を聞き、私の背筋に冷たいものが走った。


 あの軍人が、信仰のために動くはずがない。

 彼らはこの石を「兵器」として見ている。


 そして教団は、それを「奇跡」と呼び変えることで、人々の犠牲を正当化しているのではないか。


私はそっと、懐の『聖光の瞳』に触れた。

 人々の命を吸って光る地下の灯火。

 そして、近づく者の命を削り取る祭壇の石。


 もし、私たちが信じているこの「光」の正体が、慈悲などではなく、もっと禍々しい「破壊の残り香」だとしたら……。


「……明日、遠征軍が出発する。エリナ、お前も救護班の長として同行せよ」


 司教様は、もはや感覚がないのか、赤黒く腫れ上がった手で私の肩を叩いた。


「北の果てにある『聖域』へ辿り着けば、すべての疑問は解ける。そこには、病を癒やし、世界を永遠の白夜で包み込む、真の神の光があるのだから」


「……はい、司教様」


私は深く頭を垂れた。


 救いたい。


 苦しむ人々を、そして、狂気に囚われつつあるこの教団を。


 真実がどこにあるにせよ、私の役目は、戦場で倒れゆく人々の傍らに寄り添い、祈り続けること。

 たとえ、その祈りが届く先が、神の御許ではなく、冷たい鉄と灰の地獄であったとしても。

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