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灰色の聖域 —神が捨てた十万年の遺産—  作者: ネギ玉(仮)
第3章:枢機教団ソラリス — 盲信という名の檻

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第3節:鋼鉄と祈りの葬列

北へ向かう行軍は、さながら動く墓標の列だった。


 先頭を行くのは、ヴァルカノ公国の鋼鉄装甲車『灰の息』。

 その後ろを、白装束に身を包んだ何千もの巡礼者たちが、重いソリを引きながら歩く。

 ソリに積まれているのは、軍の補給物資と、教団が聖域に捧げるという巨大な鉛の祭壇だ。


私は救護班の馬車の中から、その光景を眺めていた。

 雪が激しくなるにつれ、巡礼者たちの足取りは目に見えて鈍くなっていった。

 寒さだけではない。

 彼らの多くは、出発前からすでに「見えない火」に内側を焼かれ、肌は土色に変色し、髪が斑に抜け落ちている。


「エリナ様……喉が、焼けるように……」


 道端に倒れ込んだ老女の元へ駆け寄り、私は貴重な水を与えた。

 だが、彼女の喉は腫れ上がり、水を受け付けることすらできなかった。


「止まるな! 列を乱す者は神への反逆と見なす!」

 教団の督戦官の怒声が響く。

 だが、それ以上に冷酷だったのは、並走する装甲車から響く拡声器の声――ゲルハルト閣下の冷徹な指令だった。


「歩行不能になった個体は即座に切り離せ。補給路の維持を優先する。……死体は雪に埋める手間を惜しみ、そのまま放置しろ。後続のソリの滑りが良くなる」


私は耳を疑った。


 人間を、ソリの滑りを良くするための道具としか見ていない。


「閣下! 彼女たちはまだ生きています! 手当てをすれば、まだ……」


 私が装甲車の小窓に向かって叫ぶと、重い鉄の扉が開き、ゲルハルト閣下が姿を現した。


 そのお姿に、私は息を呑んだ。

 かつての威厳ある軍服の下で、彼の肉体は腐りかけた彫像のように崩れ始めていた。


 だが、その瞳だけは、狂信者よりも鋭く、青白い野心の光を宿している。


「修道女エリナ。慈悲は無知の別名だ。北の聖域へ辿り着くためには、枯れ木を間引く作業が必要なのだよ」


 彼は懐から、あの沈黙したままの『雷を喰らう槍』を取り出し、遠くの地平線を指した。


「見ろ。あの雪の向こうに、お前たちの神が、そして我々の太陽が待っている。……少々の犠牲を惜しんで、世界を救う機会を逃すつもりか?」


その時、前方の護衛兵たちが、自慢げに笑いながら話しているのが聞こえてきた。


「昨日も言ったろう? 『灰の息』の霧を浴びた反乱軍の奴ら、自分の顔を掻きむしりながら死んでいったぜ。ありゃあ最高の見世物だった」

「ああ、だがそのせいで俺たちの石が空っぽになっちまった。早く北へ行って、新しい『種火』を詰め込みてえもんだ」


――呪いの霧。

 軍は、私たちが奇跡と呼ぶあの石の力を、人を効率よく殺すための毒として使っている。

 そして教団は、それを知りながら「聖戦」という言葉で覆い隠している。


私の手に持った『聖光の瞳』が、小刻みに震えていた。

 暗闇を照らすはずのこの光も、軍の毒煙も、元を辿れば同じ石から生まれる兄弟なのだ。

 救いたいと願った。祈りで世界が良くなると信じた。


 けれど、この行軍が踏みしめているのは、神の国への階段などではなく、名もなき犠牲者たちの屍で作られた、地獄への滑り台ではないのか。


「……神様、どうか教えてください」


私は、もはや温もりを感じなくなった老女の手を握りしめ、天を仰いだ。

 返ってくるのは、死を運ぶ冷たい風の音と、重厚な装甲車が雪を噛み砕く無機質な轟音だけだった。

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