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灰色の聖域 —神が捨てた十万年の遺産—  作者: ネギ玉(仮)
第3章:枢機教団ソラリス — 盲信という名の檻

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第4節:白夜への巡礼

北へ進むほどに、世界から夜が消えていった。

 それは太陽が昇っているからではない。

 厚い雲の向こう側、地平線の果てから、不気味な白磁のような光が常に漏れ出し、雪原を青白く染め上げているのだ。


もはや、軍と教団の区別などなかった。

 歩みを止めた者は、軍人であろうと司祭であろうと、等しく凍土の一部となる。


 救護班の馬車はとうに壊れ、私は自らの足で、血の混じった雪を踏みしめて歩いていた。


「……エリナ様、見てください……」

 隣を歩く若い修道女が、震える指先で自らの腕を捲った。


 そこには、私の掌にあるものと同じ、赤黒い斑点が蝶の羽のように広がっていた。


 痛みはない。


 ただ、そこにあるはずの肉が、自分のものではないように冷たく、感覚が失われていく。

 私は彼女の手を握りしめたが、その私の指先からも、不自然に爪が剥がれ落ちていた。


「大丈夫よ。あそこ……あの光の源に辿り着けば、きっと」


その言葉は、もはや祈りですらなく、自分を支えるための呪文だった。


 やがて、猛吹雪が止んだ。

 視界が開けた先、私たちはついに「それ」を目撃した。


そこには、自然が作り出した山などでは到底ありえない、巨大で無機質なコンクリートの塊が、大地の裂け目に突き刺さるように鎮座していた。


 窓一つない、滑らかで巨大な壁。

 その中央には、カイルが持ち帰った地図や、軍の研究所、そして教団の地下で見た、あの『三つの扇形』の紋章が、何よりも大きく、何よりも禍々しく刻まれていた。


『ONKALO』


門の傍らに刻まれた、たった六文字の記号。


 私たちの言葉では「隠された場所」を意味する古い響きに似ていた。だが、その下に並ぶ精密な直線状の記号――。


『This place is a message... and part of a system of messages... pay attention to it!』

『The danger is in a particular location... it increases towards a center... the center of danger is here.』


読めないはずのその記号が、私の脳裏に直接、冷酷な警告を打ち込んでくるようだった。


 ここは神の家ではない。

 ここは、かつての文明が「決して触れてはならない悪魔」を閉じ込め、数万年の沈黙を強いた、巨大な棺桶なのだ。


「おお、ついに辿り着いた! 聖域の門だ!」


 背後から、ボロボロになったゲルハルト閣下が、歓喜に震える声を上げた。


彼は崩れかけた足取りで門へ駆け寄り、沈黙した『雷を喰らう槍』を杖代わりに、コンクリートの壁を撫で回した。


「見ろ、この密度! この硬度! この中に、帝国を万年支えるだけの火が眠っているのだ!」


教団の司教も、もはや目が見えないのか、虚空を仰ぎながら狂ったように賛美歌を歌い始めた。


 彼らには、この門が放つ「絶望の気配」が見えていない。

 私が持っている『聖光の瞳』が、今までにないほど激しく明滅し、ついにはパチンと音を立てて砕け散った。

 中の光が漏れ出し、私の手に冷たい火傷を残して消えていく。


救いなど、最初からなかった。

 私たちは、神の慈悲を求めて旅をしたのではない。

 過去の人間たちが、あまりに恐ろしすぎて捨て去った「ゴミ」を、黄金と勘違いして掘り返そうとしている、哀れな墓荒らしに過ぎない。


「エリナ、開けろ。お前の『清浄な手』で、この門の封印を解くのだ」


 司教の枯れ枝のような手が、私の背中を押す。


私は、震える手を門の重厚なハンドルにかけた。


 もしこの向こうに、人々の病を癒やす奇跡がないのだとしたら。

 もしこの向こうにあるのが、大陸すべてを焼き尽くすほどの、果てしない「見えない地獄」なのだとしたら。


それでも。

 私は、自分が捧げてきた祈りの正体を、そして、人々の命を奪い続けたこの「光」の正体を、この目で見届けなければならない。


「……主よ、お許しください」


私は力を込め、静止を促す死者の警告を無視して、禁忌の門をゆっくりと押し開いた。

 そこから溢れ出したのは、青白く、どこまでも透明な、死の輝きだった。

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