第1節:死を告げる鳴子
極北の静寂は、無音ではない。
それは、絶え間なく降り積もる雪の微かな摩擦音と、そして――私の腰で刻まれ続ける「神託」の音で構成されている。
「チッ……チッ……チッ……」
私の指先は、冷気で感覚を失いながらも、黒い小箱『死を告げる鳴子』に触れていた。
私たちオンカラの民にとって、この音の速さは世界の体温そのものだ。
一定のリズムで刻まれるこのクリック音が乱れるとき、それは大地の底に眠る「死の神」が寝返りを打ったことを意味する。
「イシュト、境界線の標識に異常はないか」
背後から声をかけたのは、長老衆の一人、ダルザだ。
彼は最長老様の右腕として、聖域の外周を管理する実務の責任者だった。
私は彼に、三つの扇形が刻まれた鉄の板――『聖典の標識』を指し示した。
「標識は健在です。ですが、長老。鳴子の音が……今朝から妙に急いています。南の空が、煤けた灰色に染まっているのと無関係ではないはずです」
ダルザの視線が南へ向く。
そこには、本来あるはずのない黒い煙の尾が、雪原を汚すように伸びていた。
南の「持たざる者」たちが、再びこの禁忌の地に足を踏み入れようとしている。
かつて数千年の沈黙を約束し、この地に呪いを封じ込めた先祖たちの警告を無視して。
「……南の連中は、飢えているのだ。我々が守るこの沈黙の下に、極上の『熱』が眠っていると信じてな」
ダルザが自らの鳴子に手をやった。
その瞬間、私は奇妙な違和感を覚えた。
彼の鳴子は、私のものよりずっと激しく、まるで焦燥に駆られたような音を立てていたのだ。
「チチチチ……チ、チチッ!」
「長老、あなたの鳴子が……そんなに激しい音を立てるのは、この場所では異常です。汚染の激しい中心部にでも入ったのですか?」
私の問いに、ダルザの肩がわずかに跳ねた。
彼は不自然に鳴子を掌で覆い隠し、喉の奥で乾いた笑いを漏らした。
「ああ、これは……古い機械ゆえの狂いだ。気にするな。それより、イシュト。もし軍勢が境界を越えたら、すぐに最長老様へ報告せよ。私は……少し別の場所を見回ってくる」
ダルザは私の目を避けるようにして、村の武器庫がある方角へと歩き去った。
彼の歩き方は、どこかぎこちない。
雪の上に残された彼の足跡をふと見ると、右足だけが妙に深く沈み、雪がわずかに――熱を帯びたように溶けていた。
私は自分の鳴子を握りしめた。
「チチッ、チチッ、チチチッ……」
音は次第に速度を上げていく。
南から押し寄せる鋼鉄の軍勢。
そして、村の内側から漂い始めた、腐敗した甘い熱の臭い。
十万年の沈黙を誓ったはずのこの聖域が、内と外の両側から、崩れようとしているのを、私は確信していた。




