第2節:腐食する長老衆
ダルザの足跡を追って辿り着いたのは、村の北端にある、放棄された鉛の採掘坑だった。
そこは聖域の「門」からわずかに外れた場所だが、古くから不吉な風が吹く場所としてオンカラの民が避けてきた禁区だ。
「……約束の熱源だ。これでお前たちの国は、あと十年は冬を忘れて過ごせるだろう」
坑道の入り口で、ダルザの声が響いた。
岩陰から覗くと、そこには南の派手な防寒着を纏った男――カイルの仲間であった密輸業者が、下卑た笑みを浮かべて立っていた。
「へへ、流石は長老さんだ。教団の連中に隠れてこれを持ち出すのは骨だったろう? だが安心しな、対価はこの通り、極上の食料と、最新の医療品を揃えてある」
ダルザが差し出したのは、古びた鉛の箱だった。
蓋が開けられた瞬間、暗い坑道の中が、不気味なほど美しい青白い光に満たされた。
私の腰にある鳴子が、狂ったように悲鳴を上げる。
「チチチチチチチチチチチチチッ!!」
「長老、やめてください!」
私は堪らず飛び出した。
「それは『死の神』の心臓です! 門の外へ持ち出せば、村どころか大陸すべてが汚染される。最長老様を裏切るつもりですか!」
「……イシュトか」
ダルザがゆっくりと振り返った。
その顔を見て、私は言葉を失った。
彼の右頬の皮膚はドロドロに溶け、そこから覗く歯茎は剥き出しになっていた。
目からは常に血が涙のように零れ落ち、彼が握る鉛の箱からは、目に見えない熱が陽炎となって立ち上っている。
「最長老は……古い夢を見ているだけだ。私たちはこの不毛な凍土で、何を待っている? 救いなど来ない。なら、この呪いを売って、生きる糧に変えるのが『守護者』の最後の役目ではないのか……っ!」
ダルザが激しく咳き込んだ。
その瞬間、彼の口から飛び散ったのは血だけではなかった。
崩れた内臓の一部、そして焼けた肉の破片が雪の上に撒き散らされる。
「ひ、ひぃっ! なんだよその体は! 呪いだ、本当に呪いだ!」
密輸業者が悲鳴を上げ、荷物を放り出して逃げ出した。
「待て……まだ取引は……終わって……」
ダルザが手を伸ばした。
だが、その指先はすでに炭のように黒ずみ、触れた岩肌を焼くほどの熱を発している。
突然、ダルザの全身からシューという嫌な音が漏れた。
彼の肉体そのものが、至近距離で浴び続けた「石」の熱によって、内側から沸騰し始めたのだ。
「ああ……ああああああッ!!」
ダルザは自らの喉を掻きむしった。
爪が皮膚を容易く引き裂き、そこから噴き出したのは赤い血ではなく、煮え滾る蒸気と黒い体液だった。
彼は狂ったように雪の中に顔を埋めたが、その熱は収まらない。
数秒後、彼は鉛の箱を抱えたまま、内側から爆発するように崩れ落ちた。
残されたのは、不自然に熱を帯び、ドロドロの肉塊と化した「かつての長老」の成れの果てだけだった。
私は、鳴り止まない鳴子の音の中で、立ち尽くしていた。
信じていた組織の崩壊。
そして、禁忌を破った者に下る、救いのない物理的な死。
「……チチチチ……チチ……」
ダルザの死骸から漏れ出した青白い光が、夜の雪原を静かに、だが確実に汚染していく。
その光の先、南の地平線からは、無数の鉄の轍の音が近づいていた。
均衡は、完全に崩れたのだ。




