第3節:鉄と灰の襲来
地平線が、汚れた鉄の色に染まった。
雪原を切り裂く重厚な轍の音と、蒸気機関が吐き出す不浄な黒煙。
ゲルハルト公国軍の装甲兵団が、ついにオンカラの聖域へとその牙を剥いたのだ。
「最長老様! 軍勢が境界線を突破しました! 聖なる標識が、彼らの車輪の下で砕かれています!」
私は村の中央にある、古びたドーム状の祭壇へと駆け込んだ。
そこには、最長老様が静かに座していた。
彼は何千年も前から変わらない儀式のように、磨き上げられた鉛の板を撫で、静かに祈りを捧げている。
彼の腰にある「鳴子」は、もう音を立てていない。
あまりの汚染に、機械そのものが沈黙してしまったのだ。
「イシュトよ。怒りに身を任せてはならぬ。彼らはただ、飢えているだけなのだ。自らが掴もうとしているのが、救いではなく滅びだということを知らぬ、哀れな迷い子なのだ」
「ですが、長老! 彼らはダルザを、そして村の掟を壊しました! このままでは門が開かれ、この世のすべてが灰になります!」
その時、轟音と共に祭壇の入り口が吹き飛んだ。
煤にまみれた装甲車が、神聖な広場へと無慈悲に乗り込んできたのだ。
車上からは、全身を特注の防護服で固めたゲルハルト閣下が、死神のような冷徹な眼差しで私たちを見下ろしていた。
「……ここが『監視者』の巣か。随分と質素なものだな」
ゲルハルトは車から降りると、足元に転がっていた『死を告げる鳴子』の欠片を、軍靴の踵で無造作に踏み潰した。
「司教に伝えろ。聖域の入り口を特定したと。……それから、この村の連中は邪魔だ。抵抗するなら、一人残らず『灰の息』の餌食にせよ」
「お待ちください! 閣下!」
私は叫び、彼の前に立ちはだかった。
だが、近衛兵の銃床が私の腹部を容赦なく強打した。
雪の上に這いつくばる私の視界に、最長老様が引きずり出される光景が映る。
「老人よ。門の鍵を渡せ。さもなくば、お前たちが守ってきたこの地を、我が軍の砲火で焼き尽くすまでだ」
最長老様は、ゲルハルトの脅迫に動じることなく、ただ悲しげに首を振った。
「お前が求めているのは光ではない。それは、十万年の孤独を強いた死の澱だ。……開けてはならぬ。その扉は、人類が犯した罪を封じ込めるための、底なしの墓穴なのだ」
「……話にならんな。全軍、進め。抵抗者は排除しろ」
ゲルハルトの合図と共に、装甲車のノズルからあの「死の霧」が噴射された。
逃げ遅れた村人たちが、喉を掻きむしり、悶え苦しみながら倒れていく。
平和を説き、沈黙を守り続けてきた私の同胞たちが、ただの「障害物」として処理されていく。
私の視界が、怒りと絶望で真っ赤に染まった。
平和主義も、祈りも、この鋼鉄の暴力の前では無力だ。
沈黙を守るためには、もはや、それ以上の沈黙を強いる「力」を行使するしかない。
「……先祖たちよ、お許しください」
私は混乱に乗じて祭壇を抜け出し、村の裏手に隠された、禁忌の武器庫へと走った。
そこは、オンカラの民が最後の日まで決して開けてはならないと誓った、鋼鉄の地下室。
私は埃を被った重厚な扉のロックを、代々受け継がれてきた「管理者コード」で解除した。
プシュッ、という空気の抜ける音と共に、数千年ぶりにその部屋が覚醒した。
室内の灯りが、冷徹な青白い光を放つ。
そこには、軍の兵器が玩具に見えるほど洗練された、かつての文明の遺産――『焦熱の投射機』と、静かに眠る『自動追尾の眼』が、主の命令を待っていた。
「……私の命を、この鳴子の音の代わりに捧げる」
私は、もはや感覚のない右手で、重い投射機のグリップを握りしめた。
聖域を護るため。
この地獄を、この地で終わらせるために。




