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灰色の聖域 —神が捨てた十万年の遺産—  作者: ネギ玉(仮)
第2章:鉄血公国ヴァルカノ — 鋼鉄の野望と黒い煤

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第4節:極北への福音

帝都へと帰還した私の執務室は、今や鉛の防護壁で覆われた「隔離室」と化していた。

 机の上には、あのカイルが遺した金属板が置かれている。

 指で触れれば、冷たい表面に大陸の骨格が浮かび上がり、北の果てにある『聖域』の点が、まるで私を嘲笑うかのように血の色で点滅し続けている。


「……ここだ。ここに、帝国の真の夜明けがある」


私は声を絞り出した。


 喉の奥は腫れ上がり、言葉を発するたびに鉄の味が口内に広がる。

 鏡を見る必要はない。

 髪はとうに抜け落ち、軍服の襟元からは、紫斑の浮き出た醜い首筋が覗いている。


私に近寄る部下たちは皆、厚手の鉛入りエプロンを纏い、怯えた目で私を「呪いそのもの」のように見ている。

 だが、私にとってこれは呪いではない。国家の繁栄を先取りして支払った、極めて合理的な代償だ。


「閣下、教団ソラリスの司教が面会を求めています。……共同遠征の条件として、現地で発見される『聖遺物』の全所有権を主張しておりますが」


副官の報告に、私はどす黒く変色した唇を吊り上げた。


「所有権など、好きなだけ与えてやれ。我々が必要なのは、現地を制圧するための兵站と、北の極寒を乗り越えるための『使い捨ての肉体(信者)』だ。教団という巨大な電池が空になるまで、奴らに歯車を回させ、ソリを引かせればいい」


私はゆっくりと立ち上がった。


 視界が時折、あの『千里の硝子』を通した時のように、不気味な緑色に明滅する。

 細胞の連なりが断ち切られ、私の存在そのものが崩壊していく感覚。


 だが、その喪失感よりも、教団への依存から脱却できるという希望が、私の神経を麻痺させていた。


数日後。

吹雪の舞う帝都の中央広場には、銀色に輝く装甲を纏った公国軍と、白い法衣を着た教団の巡礼団が集結していた。

 私は高台に立ち、震える右手に沈黙したままの『雷を喰らう槍』を握りしめ、全軍を見下ろした。


「兵士諸君、そして信心深き巡礼者たちよ! 我々は今、歴史の終焉を終わらせ、新たな神話を創るために進軍する!」


私の演説が響く。声は掠れていたが、拡声器を通したその響きは、死神の宣告のように鋭く空間を切り裂いた。


「北の果てには、我々のすべての欠乏を癒やす『不滅の火』が眠っている! 教団が求める奇跡も、公国が求める栄光も、すべてはその聖域にある。もはや乞食のように電気を分け合う日々は終わるのだ。北へ! 凍てつく死を超えて、我ら自身の手で太陽を掴み取るぞ!」


歓声が上がる。狂信と野心が混じり合った、巨大な熱狂。

 私は、もはや感覚を失った右手で槍を高く掲げた。


 槍は光らない。

 雷も放たない。


 だが、この後に続く何万という命を薪にして、北の果てにある「禁忌」を抉り出すための楔としては、これで十分だった。


雪が、私の露わになった頭皮に触れて溶けていく。

 私は、自分が北の地に辿り着く頃には、肉を失った骸骨になっているかもしれないと予感していた。


 だが、それでいい。公国が永遠の光を手に入れるなら、私は喜んでその礎の石になろう。


「……全軍、発進」


鉄の靴音が、帝都の石畳を叩き始める。

 それは、文明の再構築を目指した者たちが、自ら破滅の深淵へと足を踏み入れる、長い葬列の始まりでもあった。

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