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灰色の聖域 —神が捨てた十万年の遺産—  作者: ネギ玉(仮)
第2章:鉄血公国ヴァルカノ — 鋼鉄の野望と黒い煤

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第3節:合理的な虐殺

渓谷を抜ける風は冷たかったが、私の胸中には、かつてないほどの昂揚が渦巻いていた。


 前線に展開したのは、重装甲馬車を改造した試作兵器『灰のアッシュ・ブレス』だ。

 その心臓部には、教団から奪い取った黒い石を封じ込めた鉛の炉が据えられている。


「閣下、圧力が規定値に到達。……ですが、やはり『雷』が足りません。霧の指向性を安定させるための電磁誘導が、これでは……」


 技術兵が、震える手で旧式の蓄電池を指し示した。

 教団から細々と分けてもらった電気など、この巨大な怪物を操るにはあまりに心許ない。


「案ずるな。このために持ってきた」


私は腰から『雷を喰らう槍』を引き抜いた。

 この槍に残された最後の電力を、自らの兵器に捧げる。

 それは屈辱的な儀式のはずだったが、今の私には、新たな時代の産みの苦しみにしか思えなかった。


 槍の先端を装甲車の制御端子に突き立てる。

 パチリ、と青白い火花が走り、槍に蓄えられていた「教団の残り香」が機械の中へと吸い込まれていった。


「――全門、開け。帝国の不条理を、かの愚か者共に刻み込め」


私の号令とともに、装甲車の側面から無数のノズルがせり出した。

 噴射されたのは、あの実験室で見た「死の霧」だ。

 槍から供給された微弱な電気が、磁場の檻となって霧を束ね、渓谷の底に陣を張る反乱軍へと正確に導いていく。


それは、戦争と呼ぶにはあまりに静かな光景だった。

 霧が触れた瞬間、敵の先遣隊が、まるで糸の切れた人形のように崩れ落ちた。


 叫ぶ暇さえない。ある者は顔を覆い、ある者は血を吐きながらのたうち回る。

 見えない熱が彼らの細胞を焼き、内側から崩壊させていく。


「見ろ。これこそが、非効率な祈りを排除した先に待つ『真理』だ」


私は望遠鏡越しに、崩れゆく敵陣を観察した。

 勇猛な騎士も、老練な傭兵も、この不可視の死の前では等しく「肉の塊」に過ぎない。

 槍が放つ電磁の導きによって、死の霧は逃げ惑う兵士たちを執拗に追い詰め、渓谷を巨大な焼却炉へと変えていった。


しかし、勝利の余韻に浸る間もなく、装甲車の奥底から嫌な音が響いた。

 キィィィィン、という、耳の奥を刺すような高周波。


 そして、あんなに熱く脈動していたはずの石の輝きが、急速に色褪せていくのがわかった。


「……閣下! 炉心の熱量が急落! 石が……石が砕け散ります!」


慌ててハッチを開けさせると、そこには無残な光景があった。

 あれほど傲慢な熱を放っていた石が、今はどす黒い灰の塊となり、ボロボロと崩れ落ちている。


 無理な出力の引き出しと、不完全な放電制御が、石の寿命を瞬時に食いつぶしてしまったのだ。


「……使い捨てか」


私は、手元で完全に沈黙した『雷を喰らう槍』を見つめた。

 教団に頼らずとも、この石があれば自前で雷を生み出し、世界を支配できると信じていた。

 だが、この石一つでは、公国の広大な野望を満たすにはあまりに短命すぎる。


「副官、地図を持ってこい。あの小悪党カイルが遺した、あの金属板だ」


私は、もがき苦しむ敵の死骸から漂う、鼻を突くオゾンの臭いの中で命じた。

「この程度の種火で喜んでいられるか。北の果て……かの『聖域』には、この石が山のように、いや、地層となって眠っているはずだ。そこに行けば、教団の手を借りずとも、帝国全土を永遠に照らす『真の太陽』が手に入る」


私の右手は、すでに赤黒く腫れ上がり、感覚を失いつつあった。

 だが、その痛みさえも、北へ向かうための渇望を加速させる拍車でしかなかった。

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