第1節:神の種火と鋼鉄の揺りかご
愛国心とは、時に冷徹な計算の上に成り立つ。
我がヴァルカノ公国がこの荒廃した大陸で覇を唱えるためには、聖職者の祈りでも、傭兵の身勝手な蛮勇でもなく、他を圧倒する「力」が必要だ。
地下数百メートルに位置する公国軍第一研究所。
湿った冷気と油の臭いが漂うこの場所で、私は今、教団から「徴用」した一粒の輝きを見つめていた。
「……これが、教団が『奇跡』と呼んでいたものか」
鉛の箱に収められた、黒く光る石。
傍らには、最新の温度計が配置されている。
通常、薪や石炭を燃やさなければ得られないはずの熱量が、この小さな塊からは無尽蔵に溢れ出していた。
水を入れたフラスコを近づければ、火も通していないのに数秒で気泡が立ち始める。
「閣下、驚くべき効率です。これ一粒で、既存の蒸気機関の出力を十倍以上に跳ね上げることが可能でしょう。これこそが、公国を北の凍土から救い、大陸を統一する『神の種火』です」
技術兵の声に、私は静かに頷いた。
だが、その熱気に水を差すように、背後で作業員たちの罵声が上がった。
「冗談じゃねえ! その石のせいで、もう三人も倒れてるんだ。運んだ奴も死んだっていうじゃないか! こんな不気味な仕事、これ以上は――」
私はゆっくりと振り返った。
騒いでいるのは、強制徴用された労働者の一人だ。
私は腰に帯びた『雷を喰らう槍』――かつての文明が遺した放電機能を持つ指揮杖――を抜き放った。
「閣下、その男は……」
副官の言葉を遮り、私は槍の先端を男の胸元に突き立てた。
瞬間、パチリという乾いた音とともに、目に見えない衝撃が男の全身を駆け抜けた。
男は絶叫する暇もなく白目を剥き、全身を硬直させて床に崩れ落ちた。
周囲に、焼けた肉とオゾンの臭いが微かに漂う。
「個人の生存本能は、国家の存続より優先されることはない。……この『雷を喰らう槍』と同じだ。内蔵された小さな蓄電池が失われれば、この槍はただの鉄屑になる。公国という回路を維持するためには、お前たちという抵抗は排除されねばならん」
静まり返った室内で、私は労働者たちの怯えた顔を見渡し、それから再び石に目を向けた。
この槍が放つ「雷(電気)」の力。
それは現在、教団の地下にあるような巨大な人力発電でしか得られない貴重なものだ。
しかし、この石が発する異常な熱効率を利用すればどうだ?
「技術兵、聞け。単に水を沸騰させるだけでは足りん。この石の熱を、極限まで高めた蒸気圧に変え、その力でタービンを回せ。……私のこの槍を千回、万回と満たせるほどの『雷』を、この石から生み出すのだ」
石の熱を、高圧の蒸気へ。
そして蒸気の力を、未知のエネルギーへと変換する。
その技術的挑戦こそが、後の特殊装甲車『灰の息』の心臓部
――蒸気と放電を組み合わせた広域制圧機構――の基礎となることを、私は確信していた。
「試験機を組め。この石を炉心に据えた、公国初の『不滅機関』だ。……多少、作業員に『汚れ』が出るかもしれんが、それは国家への献身として記録しておけ」
私は研究所の冷たい通路を歩きながら、頭の中で巨大な鋼鉄の軍艦が、この黒い石の力で凍てつく海を砕き進む様を幻視していた。
ヴァルカノの夜明けは近い。
たとえ、その太陽が青白く呪われた光であったとしても。




