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灰色の聖域 —神が捨てた十万年の遺産—  作者: ネギ玉(仮)
第1章:黄金の鬣(たてがみ)— 飢えた狼の誘蛾灯

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第4節:黄金と灰の祝杯

遺跡の外へ這い出したとき、空には白々とした朝日が昇り始めていた。


 脱出の最中、ナインは一度も口を開かなかった。

崩落の轟音とボリスの断末魔が、あいつの貧弱な精神を粉々にしてしまったらしい。


「おい、ナイン。……着いたぞ。街だ」

 俺の声に、ナインは幽霊のような顔を向けて、それから逃げるように雑踏の中へ消えていった。

ボリスの分け前を要求することさえ忘れたらしい。

つくづく、金のない人生を送る奴の思考は理解できない。


俺は独りになった。


胃の辺りが、経験したことのない不快な重さに揺れている。

 時折、突き上げるような吐き気が襲ってくるが、俺はそれを「興奮のせいだ」と自分に言い聞かせた。


革袋の中にある、あの青白く光る「石」と、淡く発光し続ける「地図」。

これさえあれば、俺はもう二度と、ドブネズミのような生活に戻らなくて済む。


俺はそのまま、ソラリス教団の聖堂へと足を向けた。

 地下の発電所で奴隷たちが歯車を回す重低音が、地響きのように伝わってくる。


「……これは……まさか、本当に」


 奥の間で俺を迎えた司教は、革袋から覗く石の輝きを見た瞬間、その老いた顔を驚愕と法悦に歪ませた。

彼は震える手で、手袋越しにその石を手に取った。


「おお、聖なる火……神が遣わした不滅の灯火だ。これ一つあれば、大聖堂の明かりを数十年は絶やさずに済むかもしれん」


石と地図を差し出す代わりに、俺の目の前には、見たこともないほどの金貨の山が積まれた。


ずっしりと重い。


ボリスの命と、ナインの正気と、俺のこれまでの苦労すべてを足してもお釣りが来るほどの額だ。


「……あの、地図については?」


 俺が尋ねると、司教は地図が映し出す北の果ての点を凝視しながら、不気味に目を細めた。


「ああ、これは素晴らしい。ここにはもっと多くの『神の残り火』が眠っているのだな。すぐに軍へも連絡せねばなるまい。我が教団とヴァルカノ公国が手を取り合えば、この世界に永劫の光をもたらすことができる」


交渉を終え、聖堂を出たとき、俺は街で一番高い酒場へと向かった。

 極上のエールを注文し、金貨の詰まった袋をテーブルに叩きつける。

周囲のならず者たちが、羨望と卑屈な眼差しで俺を見ている。


最高の気分だ。これこそが、俺の望んでいた景色だ。


「おい、もっと持ってこい! 今日は俺の奢りだ!」


だが、ジョッキを握ろうとした右手に、鋭い痛みが走った。


 見れば、石を掴んでいた指先から手の平にかけて、皮膚が異様なほど赤黒く腫れ上がり、膿んだような水膨れがいくつも浮かび上がっている。


「……ちっ、遺跡の毒か。あの煤けた空気のせいだな」

 俺は痛む右手を隠すように、左手で酒を煽った。


酒はひどく苦く、鉄のような味がした。

 ふと酒場の隅にある薄汚れた鏡に、自分の顔が映った。

 たった一日で、顔色は土色になり、頬が病的にこけている。そして——。

 頭を掻いた俺の指の間に、一房の髪がごっそりと絡みついていた。根元から抜け落ちたそれは、まるで死人の髪のように艶がない。


俺は、震える手で金貨の袋を強く握りしめた。

 大丈夫だ。金はある。

 この金があれば、どんな名医だって雇える。どんな贅沢だってできる。

 ボリスが死に、ナインが壊れ、俺が手に入れたこの黄金は、何があっても離さない。


酒場の喧騒の中、俺は独り、止まらない吐き気と戦いながら、鏡の中の死神のような自分と杯を交わした。

 北の果て、あの地図が示した「聖域」には、もっと大きな黄金が眠っているはずだ。

 意識が遠のく中で、俺は次の獲物のことだけを考えていた。

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