第4節:黄金と灰の祝杯
遺跡の外へ這い出したとき、空には白々とした朝日が昇り始めていた。
脱出の最中、ナインは一度も口を開かなかった。
崩落の轟音とボリスの断末魔が、あいつの貧弱な精神を粉々にしてしまったらしい。
「おい、ナイン。……着いたぞ。街だ」
俺の声に、ナインは幽霊のような顔を向けて、それから逃げるように雑踏の中へ消えていった。
ボリスの分け前を要求することさえ忘れたらしい。
つくづく、金のない人生を送る奴の思考は理解できない。
俺は独りになった。
胃の辺りが、経験したことのない不快な重さに揺れている。
時折、突き上げるような吐き気が襲ってくるが、俺はそれを「興奮のせいだ」と自分に言い聞かせた。
革袋の中にある、あの青白く光る「石」と、淡く発光し続ける「地図」。
これさえあれば、俺はもう二度と、ドブネズミのような生活に戻らなくて済む。
俺はそのまま、ソラリス教団の聖堂へと足を向けた。
地下の発電所で奴隷たちが歯車を回す重低音が、地響きのように伝わってくる。
「……これは……まさか、本当に」
奥の間で俺を迎えた司教は、革袋から覗く石の輝きを見た瞬間、その老いた顔を驚愕と法悦に歪ませた。
彼は震える手で、手袋越しにその石を手に取った。
「おお、聖なる火……神が遣わした不滅の灯火だ。これ一つあれば、大聖堂の明かりを数十年は絶やさずに済むかもしれん」
石と地図を差し出す代わりに、俺の目の前には、見たこともないほどの金貨の山が積まれた。
ずっしりと重い。
ボリスの命と、ナインの正気と、俺のこれまでの苦労すべてを足してもお釣りが来るほどの額だ。
「……あの、地図については?」
俺が尋ねると、司教は地図が映し出す北の果ての点を凝視しながら、不気味に目を細めた。
「ああ、これは素晴らしい。ここにはもっと多くの『神の残り火』が眠っているのだな。すぐに軍へも連絡せねばなるまい。我が教団とヴァルカノ公国が手を取り合えば、この世界に永劫の光をもたらすことができる」
交渉を終え、聖堂を出たとき、俺は街で一番高い酒場へと向かった。
極上のエールを注文し、金貨の詰まった袋をテーブルに叩きつける。
周囲のならず者たちが、羨望と卑屈な眼差しで俺を見ている。
最高の気分だ。これこそが、俺の望んでいた景色だ。
「おい、もっと持ってこい! 今日は俺の奢りだ!」
だが、ジョッキを握ろうとした右手に、鋭い痛みが走った。
見れば、石を掴んでいた指先から手の平にかけて、皮膚が異様なほど赤黒く腫れ上がり、膿んだような水膨れがいくつも浮かび上がっている。
「……ちっ、遺跡の毒か。あの煤けた空気のせいだな」
俺は痛む右手を隠すように、左手で酒を煽った。
酒はひどく苦く、鉄のような味がした。
ふと酒場の隅にある薄汚れた鏡に、自分の顔が映った。
たった一日で、顔色は土色になり、頬が病的にこけている。そして——。
頭を掻いた俺の指の間に、一房の髪がごっそりと絡みついていた。根元から抜け落ちたそれは、まるで死人の髪のように艶がない。
俺は、震える手で金貨の袋を強く握りしめた。
大丈夫だ。金はある。
この金があれば、どんな名医だって雇える。どんな贅沢だってできる。
ボリスが死に、ナインが壊れ、俺が手に入れたこの黄金は、何があっても離さない。
酒場の喧騒の中、俺は独り、止まらない吐き気と戦いながら、鏡の中の死神のような自分と杯を交わした。
北の果て、あの地図が示した「聖域」には、もっと大きな黄金が眠っているはずだ。
意識が遠のく中で、俺は次の獲物のことだけを考えていた。




