第3節:沈黙の警告灯
遺跡の内部は、外の灼熱が嘘のようにひんやりとしていた。
壁面は滑らかな人工素材——石よりも硬く、鉄よりも冷たい何か——で覆われており、松明の炎を跳ね返して不気味に光る。
「……おい、見てくれよ。この壁、変な絵が描いてあるぜ」
先を歩いていたナインが、壁の一角を指差した。
そこには、三つの扇形が中心の一点に向かって集まっているような、奇妙な紋章が刻まれていた。
教団の聖典にある後光のようにも見えるが、どこか禍々しい。
その下には、俺たちの言葉とは似ても似つかない、直線だけで構成された無機質な記号が並んでいる。
『DANGER: HIGH RADIATION AREA』
『DO NOT ENTER』
もちろん、俺たちにそれが読めるはずもない。
ただの装飾か、あるいは墓碑銘か。
「呪文か何かだろう。あるいは、この先に宝があるっていう印だ」
俺はそう吐き捨て、先を急いだ。
だが、『千里の硝子』を覗くと、その文字が刻まれた壁の周囲だけが、緑色の視界の中で激しく明滅し、空間が泡立っているように見えた。
硝子の奥で「チチチ……」という、乾いた虫の羽音のような異音が聞こえる。
まるで、この空間そのものが俺たちを拒絶して鳴いているようだ。
「カイル、こいつは……ひでえな」
ボリスが足元を照らし、顔をしかめた。
通路の脇に、数体の白骨死体が転がっていた。
それだけなら珍しくもないが、骨のいくつかは不自然に変色し、まるで内側から焼かれたように脆くなっている。
その死体の一人が握りしめていたのは、一枚の「板」だった。
俺はそれをひったくるように手に取った。
それは紙じゃない。
薄い金属か石を加工したような板で、表面には見たこともないほど精細な『絵(地図)』が描かれていた。
指で触れると、板の表面に淡い光が走り、いくつもの点が点滅を始める。
「なんだこれ……魔法か?」
地図には、この大陸の地形が驚くほどの正確さで描かれていた。
そしてその最奥、北の果ての凍土に、ひときわ大きく、血のように赤い点が灯っている。
その地点には、文字とも図形ともつかぬ、トゲトゲした記号が重なり合っていた。
「カイル、宝はどこだ! 奥に扉があるぞ!」
ボリスが興奮して走り出した。
通路の突き当たり、重厚な鉛の扉が半開きになっている。
そこから漏れ出しているのは、俺が求めていた「青白く輝く、奇跡の光」だった。
「待て、ボリス! 何かおかしい!」
俺の制止は間に合わなかった。
ボリスが扉に手をかけた瞬間、数世紀にわたる腐食と蓄積された熱に耐えかねたのか、頭上の巨大な構造材が轟音とともに崩落した。
「ぐ、あああああッ!!」
ボリスの巨体が、巨大な塊の下敷きになる。
「ボリス!」
ナインが駆け寄ろうとしたが、さらなる崩落が通路を分断した。
崩れた瓦礫の隙間から、青白い光がボリスの体を容赦なく照らし出す。
助からない。
一目でわかった。
下半身は完全に潰れ、開いた扉の奥から溢れ出す「見えない熱」が、彼の肌を一瞬で赤黒く変色させていく。
「カイル……ナイン……逃げ……ろ……」
ボリスの口から溢れたのは、血ではなく、どろりとした黒い塊だった。
俺は立ち尽くした。
ボリスのすぐそば、瓦礫の間に、あの「魔法の石」が転がっているのが見えた。
掌ほどの大きさの、黒く光る塊。
それが脈動するように青い光を放っている。
ナインは恐怖に顔を歪ませ、後退りしていた。
俺は——迷わなかった。
ボリスを助けることはできない。
ならば、この犠牲を黄金に変えるしかない。
俺は崩落の隙間に手を伸ばし、その「石」と、死体が持っていた「光る地図」を掴み取った。
指先が、沸騰した油を浴びたように熱い。
だが俺は、石を厚手の革袋に押し込み、震えるナインの襟首を掴んだ。
「走れ! ここはもう終わりだ!」
背後で、ボリスを飲み込んだ遺跡がさらに崩れていく。
手に入れた。
仲間一人と引き換えに、俺は教団さえ知らない「本物の聖地」への地図と、太陽の欠片を手に入れたんだ。
喉の奥が焦げるような味がした。
それが死の香いだとも知らず、俺は暗闇の中で狂ったように笑いながら、出口へと駆け抜けた。




