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灰色の聖域 —神が捨てた十万年の遺産—  作者: ネギ玉(仮)
第5章:深淵オンカロ — 10万年の沈黙

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第1節:光り輝く墓標

門が開いた瞬間、溢れ出したのは光ではなかった。それは、言葉にできないほど重苦しい「気配」だった。


エリナは、自らが開いたその暗闇の中へと、吸い込まれるように歩を進めた。

 背後からはゲルハルトが、狂気に憑りつかれた足取りで、剥き出しの剣を杖代わりにして続く。

 血の海となった雪原に倒れていたイシュトも、震える体を引きずり、その最後を見届けるべく闇の中へと這い入った。


「……これが、聖域の正体か」


ゲルハルトが掠れた声で呟いた。


 地下数キロメートルに及ぶ広大な空間。

 そこには、神殿の柱のように整然と、数えきれないほどの「黒い円筒キャスク」が並んでいた。


 かつての文明が築き上げた、鋼鉄と鉛の森。


一つ一つの筒からは、目に見えない脈動が伝わってくる。

 カイルが拾い、ゲルハルトが兵器に変え、教団が奇跡と呼んだ「あの石」が、この中には山のように、それこそ大陸のすべての命を数万回殺して余りあるほどの質量で、眠っているのだ。


「フ……ハハハ! 宝の山だ! これだけの熱量があれば、公国は神をも超える力を……っ!」


ゲルハルトは円筒の一つに縋り付き、その冷たい表面に頬を寄せた。

 だが、その瞬間、彼の肉体は拒絶反応の極みに達した。

 皮膚は炭のように崩れ、縋り付いた腕の骨が、過剰なエネルギーの奔流に耐えきれず、内側から砕け散った。


「閣下……! もう、やめてください……!」


エリナが叫び、彼の肩を掴もうとした。

 その時、彼女の足元に置かれた『聖光の瞳』の破片が、一瞬だけ、かつてないほど清烈に輝いた。

 その光が、部屋の最奥にある巨大な壁を照らし出した。


そこには、どの国の言葉でもない、だが誰もが直感的に理解できる「絵」が刻まれていた。


 第一の絵には、誇らしげに火を扱う人間たちが描かれていた。


 第二の絵には、その火によって文明が爛熟し、空を飛ぶ鉄の鳥や、夜を昼に変える街が描かれていた。


 そして第三の絵――そこには、制御を失った火に焼かれ、灰となって消えていく無数の人々の群れと、その「火の残骸」を地中深くへ埋め、泣きながら蓋をする生存者たちの姿があった。


壁画の最後に刻まれていたのは、一言だけの祈りだった。


『FORGIVE US(我らを許したまえ)』


それは神への祈りではない。

 数万年後、いつかこの「ゴミ捨て場」を掘り返してしまうであろう、未来の同胞たちへの、絶望に満ちた謝罪だった。


「……ああ」


エリナはその場に膝をつき、嗚咽した。


 救いなどなかった。

 彼らが「聖域」だと思い込み、命を賭して辿り着いたこの場所は、かつて人類がその繁栄のツケを支払いきれずに放り出した、巨大な「遺恨」の墓場でしかなかったのだ。


ゲルハルトは崩れた肉体を床に横たえ、虚ろな目で壁画を見つめていた。

 彼の追い求めた覇道も、教団が説いた救済も、この圧倒的な「負の遺産」の前では、羽虫の羽ばたきほどの価値もなかった。


「……イシュト……」

 エリナが、入口で息絶え絶えになっている監視者の若者を呼んだ。


 イシュトは血を吐きながら、最後の一力を振り絞り、懐から一つの「古い鍵」を取り出した。それは、この場所を再び封印するための、最後の手動レバーの起動キーだった。


「……閉めろ……。二度と……誰も……ここは……」


イシュトの言葉は、そこで途切れた。


 彼の腰にある鳴子が、最後の一音を小さく、弱々しく響かせた。

「……チッ」


それが、この10万年の監視を託された一族が放った、最後の音だった。

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