第76話「壊れた流星」
空には巨大な満月
夜空へ放つ一筋の旋律
哀愁を帯びた爪弾き
静寂の闇と銀の光とギターの音色
グラデーションに溶け合う
【望澪星環群、旭多(廃棄星環)】
『翠兵旋』操縦席内。
「ニトロ機構、第二段階開放――」
操縦席に騎士艇の竜骨をも震わせる不吉な振動が襲い掛かる。
これは、実験区域での限定試験でしか使われたことのない現時点で最高の加速。
この領域は、高瀬でも経験したことがないはずだ。
旭多は、行成を見守る高瀬の幻影ごと、もはや遥か後方へ。
ニトロの加速を乗せた大楯吶喊で『赤銅鏡』を行動不能に追い込めたなら、それもよし。
高瀬との再戦で大地がしたように、受け身を取られたとしても、それもよし。
モニターには、大楯の端を掴んだ『赤銅鏡』の指と電磁力スラスターの火花が見えている。
奴が身動きを取れずにもがいているさまを、直に観られないのは本当に残念だ。
あちらも減速をもくろんで電磁力スラスターを噴かしている間は、そうそう位置を入れ換える真似もできないだろう。
あの火花が見えなくなったら、もう一つの仕掛けの出番だ。
ついにニトロ機構が危険域に近づいているとの警報が鳴り始めた。
「……まだだ。場外ラインまでもう少し。放り出すまで、辛抱だ」
今回ばかりは、対戦相手を倒すことが目的ではない。
【望澪星環群、伏露(居住星環)】
観戦施設。
大楯吶喊は不発だった。
『赤銅鏡』はまだ健在だ。
それより、この両者の位置関係は高瀬が完封されたときの再現ではないのか。
一度は高揚した観衆は、今は不安に押し黙っている。
超高速移動が続いたため、各所に配置されたカメラの切り替えでは間に合わず、中央の立体モニターから何度も『翠兵旋』と『赤銅鏡』の姿が見切れてしまう。
ついに、その戦闘の様子は観測データを基にした予想映像に切り替えられた。
「……いや、ニトロ……いくら何でも、長過ぎないか?」
そう危惧した者も少なくなかった。
やがて、『赤銅鏡』から電磁力スラスターの火花が観測できなくなったことを、モニターの予想映像が伝えてきた。
これは……沖が反撃してくる予兆ではないのか?
一方、関係者席。
頭を抱える鋼谷。
「これは、大地の方がしびれを切らしたか……
まだ『翠兵旋』はニトロを解除していない。
これでは、ハンマースルーまでの挙動を安定させるのは困難だ」
鋼谷は手のひらに拳を何度も叩きつける。
どういうことなのか、隣にいた佐祐倫が訊ねてきた。
「ニトロによる超加速のGやそれによる摩擦はもちろんなんだが……
『赤銅鏡』が大楯から飛び出したとき、
加速を続けたままの『翠兵旋』とは相対速度で大きな差が生じる。
ニトロ加速なら、なおのことだ。
タイミングがずれたら、
どんな回転がついて放り出されることになるのかわからん」
体勢を立て直して仕切り直しできれば、まだ上出来な方だ。
もたもたと姿勢を制御する間に反転してきた『翠兵旋』の直撃を喰らいかねない。
しかし、鋼谷にはそれとは別の胸のざわつきがあった。
長過ぎるニトロ機構の使用。
そのために増量したニトロ燃料はどこに積んだのか?
そして、莫大な排熱処理はどうやっているのか?
今もニトロ機構を稼働させ続ける『翠兵旋』。
風の便りにも聞こえてくる、尋常ではなく覚悟の据わった杉原行成。
大地の無事を、いったい誰に祈ればいいものか……
途方に暮れた鋼谷は、再び頭を抱えた。
【望澪星環群、旭多(廃棄星環)】
『赤銅鏡』操縦席内。
一か八か。
大地は、こんな賭けのような真似はしたくない。
相手がニトロを噴かしている間は、互いの相対位置の把握とコントロール難易度が跳ね上がる。
しかし、こんな無理心中じみた行為に付き合って、いつまでも悠長に構えていられない。
どうにもこの大楯吶喊、攻撃というより捕獲を主眼に置いていたように見受けられる。
狙いは強引過ぎるが、場外への送り出しといったところか。
一度目の場外は、5分以内に復帰できれば良し。
戻れなければそこで失格となる。
戻っても、二度目の場外はそこで即失格となる。
以前に鋼谷に見せられた高瀬の場外際の攻防の映像が大地の脳裏に浮かんだ。
杉原何某は高瀬の戦法を踏襲していないとはいえ、長らく同僚だった騎士の技術を習得していないと決めつけるのは安易に過ぎる。
まず、大地は精神的優位を奪回しようとして考えを巡らせる。
それにしても、最高の騎士とか……やることが闘牛と変わらないじゃないか。
杉原何某が牛なら。
俺は、闘牛士。
大地は覚悟を決め、横方向への電磁力スラスターをオンにした。
そして、大楯を掴んでいた『赤銅鏡』の右手をその先に延ばして、その大楯を構える『翠兵旋』の左腕を掴もうと……
え?
手が届かない。
もう一度試してみるが、届かない。
相手の腕部を確保しなければ、回り込むためのハンマースルーの挙動に入れない。
ひょっとして横方向の力が足りないのか。
メインモニターで電磁力スラスターが正常に稼働していることを確認する。
『翠兵旋』のニトロ加速によるGと摩擦があるにしても、少しは横に動いていいはずだ。
『赤銅鏡』の右手は、Gの影響があるのか少し厳しいが何とか動かせる。
張りついたように動かせないのは、胴体部ということか。
……張りついた?
『翠兵旋』操縦席内。
行成は自然に高笑いを上げていた。
愛想笑いのような演技などではなく、心底笑ったのはいつ以来のことだろう。
サブモニターには《電磁石起動中。大楯バッテリー残量92%》と表示されている。
『大楯の成分構成に鉄が多過ぎる』
その答えは、大楯に仕込まれた大量の鉄心。
そこにはやはり大量のコイルが巻き付けられている。
いうなれば、巨大な電磁石。
星環騎士艇に限らず、宇宙船は遭難時の回収を容易にするために、外装には「鉄」「ニッケル」「コバルト」が多く含有されている。
「お前の大好きな電磁力だ。存分に浴びろ」
メインモニターには行き場を探しているのか、『赤銅鏡』の右手が大楯の陰から出たり入ったりを繰り返している。
「絶対に、逃がさん……」
そして、もろともに場外に飛び出したその先、『翠兵旋』だけが5分の制限時間内に戻れるタイミングで、大質量の大楯ごとパージするのだ。
加速も最高速度も『翠兵旋』に劣る『赤銅鏡』では、どうあがいても戻れない場所で。
沖大地を倒すのではない。
誇りなき紛い物を、藻屑のように捨てるのだ。
あとは、宇宙デブリが再生業者に回収されるように、救助を待つがいい。
運が良ければ、無傷で済むだろう。
ニトロ機構が危険域に入ったとの警報がうるさいほどに鳴り始めた。
そして、メインモニターには『翠兵旋』中枢の温度が、こちらも危険域であるとの警報が点灯していた。
「沖大地……お前は、俺の下だ!」
空を切り裂く光の刃
願いを載せて
すぐ燃え尽きる
誰かの願いも地に還る




