第75話「灰をかぶった」
飛べない悔しさ
見上げる空は 俺の場所
たとえ翼があらずとも
大地を蹴って 空を蹴る。
【望澪星環群、旭多(廃棄星環)】
『赤銅鏡』操縦室内。
人類は翼を手に入れても……
地面を這い、木登りをしていた頃の思考パターンからは、なかなか抜けられない。
……大楯吶喊だよね、当然。
やはりか、と大地の瞳孔が大きく開いた。
こちらの大楯吶喊に特化したカウンターの手順は、もう慣れたもの。
初めて使用した高瀬との復讐戦のときのような、体の外に心臓が飛び出しそうな動悸は起こらない。
あとはどこでニトロ機構を発動させてくるか。
まばたきで視線が切れないようにだけ、気を付ける。
だが、見るのは大楯じゃない。
危険なのは向こうの超加速のタイミング、と大地は『赤銅鏡』のスラスターを停止して『翠兵旋』を迎え撃つ態勢を整えた。
舐めてはいない。
受け身を損ねれば、待っているのは『赤銅鏡』ごとひしゃげる未来。
『翠兵旋』のルーツの機体『翠銀弓』で、前の乗り主である高瀬は、礼文慎の『蒼炎山』の腰椎をへし折ったのだ。
……舐めては、いない。
鶏は、飛べない鳥じゃない。
鶏は、飛ぶのが……辛いんだ。
飛ばない鶏は、ただの鶏肉じゃない。
俺たちと同じように心臓で血を送っている、生きている鳥なんだ――
窮鳥の鋭爪、人を突く。
ただ狩られる側だった俺の拳で、狩る側だった杉原何某を、殴りつける。
『翠兵旋』操縦席内。
「受け身に、自信があるのだね。
それとも、私には……
高瀬さんを超える大楯吶喊はできないと……
そう、踏んでいるのか」
一点を見つめる集中力。
戦績では高瀬をとうに置き去りにしてしまった。
だが、自分はまだまだ高瀬には届かない。
高瀬のあの自信。
この年齢になっても、凡人である自分に手に入らないもの。
いつまで努力を続けても。
どれだけの勝利を積み重ねても。
しかし、自分は獲物を狩るには充分な能力を積み上げているはずだ。
そして……
獲物を舐めたりもしない。
……求めるものは、水平線の向こう側にあるのかい?
行成は照準器を『赤銅鏡』の腰部に合わせた。
ふんわり発進、それなり加速で充分に飛行感覚も温まった。
そろそろ、行こうか。
「ニトロ機構、第一段階開放」
【望澪星環群、伏露(居住星環)】
観戦施設 関係者席。
立体モニターには、機体を横に向けて『翠兵旋』の大楯吶喊の衝撃を耐えた『赤銅鏡』の姿が映されている。
『翠兵旋』背面スラスターからはニトロ機構が生み出す薄青白の炎と、その反対方向、『赤銅鏡』の表面から激しい火花が飛び散っている。
衝突面積を最大にして衝撃を散らしてからの電磁力スラスター。
「死地転……」
それは、燃料積載量と桁外れの排熱処理という巨大な足枷である。
星環騎士艇は、戦闘・決闘に用いる宇宙船である。
攻撃力と頑丈な装甲を得るには、その分の質量を要する。
大きな質量を運ぶためには、当然その分の燃料を要する。
船が大きくなるほどに、必要な燃料は比例ではなく指数関数的に増加する。
結局、人の操縦で戦う騎士艇は、小さくなり過ぎても大きくなり過ぎてもいけないのだ。
それだけではない。
通常航行の金属燃料と緊急機動の化学燃料は、それぞれ別に積載する。
そこへさらに高出力のニトロ燃料まで積載するとなると、その限られた騎士艇内空間の等価交換となり、非常に悩ましい問題が生じることになる。
この問題の解決を図るために騎士艇内にある空間を埋めつくした場合には、今度は別の問題が顔を出してくる。
対流が起こりにくい無重力環境下とはいえ、騎士艇内の様々な機構が発した熱を受け止める遊びの空間がなければならない。
熱が行き場をなくせば、騎士艇は操縦者を真空の宇宙空間から守る揺りかごではなく、操縦者を焼き殺す処刑道具になりかねないのだ。
ニトロ機構の燃料が切れるか、あるいは排熱が限界を迎えるか。
だから、魔法が切れたら、そこから先は大地の時間となるはずだ。
だと、いいのだが――
『翠兵旋』から伸びる薄青白い炎――ニトロ機構が生み出すそれは、一向に終わる気配を見せない。
旭多(廃棄星環)のベイエリアはとうに通り過ぎ、このままでは二機の騎士艇は場外へ向かってまっしぐらだ。
乾燥質量に違いが――
ニトロ機構の燃料をさらに積むために、機体構成をいじったのだろうか。
だが、それでは排熱の問題を処理できていない。
むしろ、悪化ではないのか。
鋼谷は嫌な胸騒ぎが止まらなくなってきた。
【望澪星環群、旭多(廃棄星環)】
枯れ木に花を咲かせましょう。
掛け声とともに灰を撒く『花咲か爺さん』。
灰をかぶるとあら不思議。
それはいかなる魔法か
枯れたはずの木に桜の花が咲いていく。
だがこれは……
夜の12時を過ぎても消えない灰かぶり姫のドレス。
または、何も知らぬ王子と踊り続けるためのガラスの靴。
行成の命を天秤に乗せた、深夜を駆ける危険な魔法。
あるいは、窯変。
陶磁器を薪窯で作る際、その燃料の薪は灰になる。
その灰は炎にあおられて窯の中で舞い、素地の表面に降りかかる。
降りかかった灰は窯内の高温でガラス化し、釉薬の役目を果たす。
灰かぶりでも、いや、灰をかぶったからこそ。
味わい深い『やきもの』が姿を現す。
「ニトロ機構、第二段階開放――」
煤と灰の時代
厳かな儀式の前兆
灼熱の炎の時代
灰は翡翠の衣に
いつしか
凛とした光を放つ
ただひとつの器




