第74話「桜、狂い咲け」
どの花より早く咲くはずだった
時季を間違えたか
季節外れの枝に咲く花
遠き春の夢を見た
狂おしくも美しい奇跡
【望澪星環群、伏露(居住星環)】
観戦施設。
観客の喧騒以上にうるさかったBGMが鳴りを潜めた。
そして、場内の照明が一斉に落とされた。
ざわつく場内。
観客の待ちわびた時間がついに訪れたのだ。
観戦施設中央舞台に向けて、数本のスポットライトが焦点を合わせた。
そのスポットライトの中に現れたのは、以前のMCではなかった。
そこに立っているのは、痩せぎすで落ち着いた雰囲気の初老の男性。
会場のざわめきが静まり返った。
《ただいまより、始まりますのは……》
その細身のどこから出てくるのか、厳かな儀式の予感を感じさせる、朗々としたバリトンが観戦施設内に響き渡る。
《『赤銅鏡』を駆るは、沖大地……
黄泉路から吹く無常の風……》
ブーイングもない。
会場中の観客がMCの醸し出す圧に呑まれている。
《そして、杉原行成……》
固唾を飲んで待つ観衆。
《桜、咲け……早咲きにして狂い咲きの騎士》
高瀬の後継者だと、早くに将来を嘱望された天才児。
しかし、トップリーグ昇格までに10年を要した。
期待外れ、何度その心無い言葉が投げかけられたのか。
だが、臥薪嘗胆。
トップリーグ昇格年度に、高瀬もしたことがない年間順位1位を獲得した。
しかも、続けて4度も。
5年前の、あの試合中の事故による大怪我さえなければ……
賜杯を掲げていたのは、行成だったかもしれない。
《父の願いの、水平線……
『翠兵旋』を駆り、
いま再び……狂い咲け》
大怪我から復帰しても、かつての輝きはなかなか取り戻せず。
2年前にようやく年間順位1位に返り咲いたものの、またも大怪我を負ってしまい、昨年のほとんどを棒に振ってしまった。
しかし、今日、ついに――
《望澪が誇る戴天資、
杉原……行成!》
落ち着いたトーンで語っていたMCが、ここで声を張り上げて観客の熱狂を一気に引き上げる。
『杉原ーーー』
一方、関係者席。
「……高瀬のときと、雰囲気が違いますね」
佐祐倫は隣の鋼谷に話しかけた。
高瀬との試合はいずれも瑞穂の公営観戦施設で配信の添え物をしていたため、直にその当時の空気を味わってはいないが、明らかに違うものを感じたのだ。
そうだな、と返す鋼谷。
「高瀬の場合は、なんというか、偶像かな。
勝ちも負けもそのまま語り草にできる、
存在と振る舞いで楽しませてくれるスター選手だった。
空を眺めたらそこにいる、夢を見せてくれる存在だな。
杉原の場合は、勝利そのもの。
望澪の強み。航空技術の粋。
産業を含めた地域の誇りの象徴、
空に飛び立っていった『俺たちの代表』なわけだな。
いわば、未来を見せてくれる存在だ」
大地のファンと共通するものがありそうだ、と鋼谷は頸部を掻いた。
「大丈夫でしょうか?」
佐祐倫からみても、近頃の大地には慢心とまでは言わないが、随分と隙をみせることが多いと思うのだ。
それを聞いた鋼谷は、ただ唇を歪めただけで明確に回答はしない。
「……前から伺いたかったんですけど、
鋼谷さんって試合のとき整備班長の滋野さんみたいに、
オペレーターエリアに入りませんよね?」
どうしてですか、と重ねて問われた鋼谷は風向きが変わったな、と呟いて再び頸部を掻いた。
「戦闘指示を出すセコンドは、
星環騎士戦においては忌避される傾向にあるが、
本来は指示を出すのもアリだし、
アドバイザーとしては本来はそこも仕事とは思っている。
通常の騎士戦なら、そうするだろう」
大地だからね、と鋼谷は肩をすくめる。
「試合の最中において、当事者が身に着けた技術を振るうための、
冷静な立場からのアドバイスってのは大地に関してのみ当てはまらない。
策が嵌るか嵌らないか。
現場の大地の方が冷静だったりするからな。
むしろ、俺の声はノイズにもなりかねない」
星環騎士戦について、佐祐倫は観客が知る程度に毛が生えたくらいにしか理解できない。
元トップリーガーである鋼谷が言うのであれば、そうなのかもしれない。
大地も納得しているなら、なおさらだ。
大地を信頼していることの証でもあるのだろう。
しかし、万事飄々とした態度を見せる大地も人の子、当然弱いときだってある……
佐祐倫の意見を聞いて、鋼谷は眉間にわずかにシワを寄せ、腕組みをして前かがみになった。
やがて、何か思い至ったのか腕組みをパッとほどいた。
「……そうだな。
何か言葉を発しなくてもいい。
会話できる位置にいることが大事な場面もあるかもしれないな」
ただ、試合の妨害行為を未然に防ぐため、オペレーターエリアへの入室には事前の登録および許可が必要だ。
「次回から、そうすることにしよう」
大音量の開始ブザーが鳴り響く。
【望澪星環群、旭多(廃棄星環)】
開始の合図から数分経っても、『赤銅鏡』と『翠兵旋』のどちらも身じろぎ一つしない。
『赤銅鏡』操縦席内。
「……そちらが望んだ冠試合なのに、仕掛けもしないの?」
さすがに焦れた大地は『赤銅鏡』の右腕を『翠兵旋』に向けた。
これで5分ルールも一応クリアだ。
騎乗突撃よろしく莫迦みたいな吶喊ごっこの星環騎士戦には珍しいにらめっこだ。
2連敗の後だしね。
少しは警戒しているのかな。
でも、準備してるの大楯吶喊でしょ?
鋼谷がずいぶんと警戒していたこと。
これまでの『翠兵旋』の乾燥質量とは違っている。
大楯の成分構成に鉄が多過ぎる。
気を回しすぎなんだって。
杉原何某は騎士の学校で優等生だったんでしょ?
突拍子もないこと、思いつかないし、できないよ、きっと。
鉄が多いのは、質量を大きくして大楯吶喊の威力を増すため。
鉄は、例えばチタンと比べたら約1.7倍の比重がある。
打撃力を生むのは、『質量×速度』で、この物理法則は変えられない。
この重量級の質量をぶつけて、こちらの体勢を崩したり、防御ごと吹き飛ばす期待値を上げたいんだろうさ。
何といっても、鉄の方が安いしね。
乾燥質量の違いは、重厚な大楯吶喊の反作用を受けきるための騎士艇のバランス調整のためでしょう。
とはいえ……
『翠兵旋』の方は、先ほどライトの明滅で5分ルールを回避したようだ。
つまり……
まだ、俺とにらめっこを続けたいとのことですね。
……これが相手の思惑なら、癪だな。
大地の方に焦る気持ちなど欠片もないが、相手に主導権を握られているようで、それがどうにも気に入らない。
前みたいに、こちらが中間距離まで詰めるのを待っているのかな?
なら――
『翠兵旋』との睨み合いに飽きたかのように『赤銅鏡』は踵を返して旭多(廃棄星環)のベイエリアに向かって飛び始めた。
『翠兵旋』操縦席内。
「そう、旭多に向かうよな」
ついスロットルを握りそうになる手を押さえるためか、行成は両の手のひらをこすり合わせる。
これだけ見え見えの大楯吶喊をチラつかせたのだ。
『赤銅鏡』の軌跡は、目的地が旭多のベイエリア付近であることを示している。
無造作に動き始めたようにも見えるが、実のところ『翠兵旋』と旭多のベイエリアを結ぶ直線上には入っていない。
まだまだ慎重さも窺えるようだ。
「その狡猾さ、嫌いじゃない」
そして、『赤銅鏡』が行成の想定する区域に踏み込んだ。
咲きどきを忘れて
ひとひらの花
寒空にほどけた春の吐息
ほかに誰もいない枝先で
ただ一途に咲く




