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俺の腕、売ります。  作者: ももクリさんねんかきハチネン
第七章 褶曲する海嶺、観測される凝縮
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第73話「ガラスの橋」

 海の色に似た夜明けの街で


 待ち人 来たらず


 そして 水平線の向こう側へ




望澪もりの星環群、伏露ふくろ(居住星環)】


 観戦施設ドーム


 いつになく沸き返っている伏露ふくろ

 それはそうだろう。

 2戦2敗と苦手に思える沖大地を、このホームに迎え入れた。

 たしかに勝ったことのない沖大地を相手に、メインスポンサーである澪和航空が冠スポンサーになることを渋ったのは、理解できないではない。

 だが、行成はすべてを投げ打って、足りない分の費用補填をクラウドファンディングで呼び掛けた。

 そして、望澪もりの星環群の住人が一丸となってこれに応えた。

 皆で、冠試合の費用をかき集めた。

 これは、俺たちの冠試合。


 一昨年度、新進気鋭の沖大地と礼文慎を封じ込めて復活を遂げたはずの、かつての象徴、高瀬長門は、その沖大地に完封された日に失踪した。

 その年度は新たなエース、杉原行成が4年ぶりの年間1位となったものの、大怪我を負ってしまった。


 昨年度、敵地へと高瀬の仇討ちに向かった行成は、怪我の治りを急いた代償か、あっさりと返り討ちに遭った。

 結局、行成はこの年度は大事を取って休養することになってしまった。


 今年度の初め、同じく敵地で行成は因縁の大地を相手に、復帰戦を勝利で飾ることはできなかった。

 だが、その後は順調に連勝を積み重ね、トップリーグに復帰した奇跡の男、炎城志朗を完封して本来の調子を取り戻したことを見せつけた。

 先だっては総合優勝の競争相手である礼文が大番狂わせで最弱の騎士相手に星を取りこぼし、ついには今日、今しがた、炎城と痛み分けたとのこと。

 この雪辱戦の意味付けが変わってきた。

 勝てば……勝ち星同数ではあるが、そのまま5年ぶりの総合優勝暫定1位の座に返り咲くことができる。

 前期最終年度に降りかかった『望澪もりのの悲劇』。

 前期に起こすはずだった『望澪もりのの奇跡』を、ついに手にするときがやってきたのだ。

 望澪もりの星環群の誰もが抱いた、悲願の総合優勝の夢が、もう目の前に。


『杉原―――――』


 観戦施設ドームのそこかしこで、自然発生的にコールが湧く。


 杉原、バンザイ。


 そう、これから……俺たちの行成が、戦うのだ――





望澪もりの星環群、旭多あくた(廃棄星環)】


 『赤銅鏡しゃくどうき・よう』操縦席内。


 すっかり悪役……

 というか、退治されたこと前提で随分と盛り上がってくれるじゃないですか。


 気まぐれにサブモニターに映していた伏露ふくろ観戦施設ドーム内の様子に大地は軽くへそを曲げた。


 一昨年度に、高瀬が俺を殺しかけたことはすっかり頭にないってか?


 大地は大地で、その伏露ふくろの医療スタッフの尽力で命を取り留めたことが頭から消え去っていた。


 杉原何某のトラウマの克服、努力は認めるさ。

 でも、人間は、そうそう変われるものじゃない。


 大地自身もまた、トラウマを抱える身でありながら。

 表層の人格はそれに蓋をして見えないふりを続け、いまも傷口は開いたままだというのに。


 今回は、大楯を持ち出したようだけど……

 大楯吶喊シールドアタックなら、高瀬と同じように受け身を取ってからのハンマースルーがこちらにはある。

 あの頃のような、理論上だけの戦法じゃない。

 実証済みで、もっと洗練ブラッシュアップしてあるんだ。

 負ける道理など、あるものか。

 今期も最終年度で、再びの『望澪もりのの悲劇』で涙に暮れるがいいさ――





 『翠兵旋すいへいせん』操縦席内。


 危ない橋を、渡っている。


 メインスポンサーの澪和航空を激怒させかねない、自分主導の冠試合。

 澪和航空が自分の戦績以外の部分で冠試合、いや沖大地を忌避していることはうすうす気づいてはいた。

 だが、その事情はあえて見ないふり。

 迷惑料として、その澪和航空には、民間資金等活用事業もどきの運営業務全般を委任することで、手打ちとしてもらった。

 儲けを差し上げるので、こちらの悪童ぶりには目をつぶってくださいと。


 この冠試合も、日程を強引に割り込ませた。

 評判の良くない私設カジノを巻き込んで。

 そのせいで、騎士運の委員長じきじきに釘を刺されてしまった。

 もし自分が第43期を総合優勝しても、望澪もりのには何かの形で不利益をこうむるかもしれない。

 申し訳ない、その気持ちは文章として浮かんではくるのだが。


 副委員長は、病死したと伝え聞いた。

 まことに気の毒なことだ。

 人間万事塞翁が馬。

 いや、もう亡くなっているのだった。

 まことに済まないことを……したのかもしれない。

 本人だけで済んでいればいいのだが。


 そして何より、澪和騎士団の仲間たち。

 この数カ月の諸々が明るみにでもなれば、自分に付き合った者たちまで後ろ指を指されよう。


 マネージャーを務める自分の父親。

 自分はいい息子では、なかった。


 総務課長で、学生時代からの付き合いとなる双向そうむか

 あなたなしに、ここには辿り着けなかった。

 騎士を諦める羽目になった事故の原因の一部は自分にあるのに、一度も恨み言を聞かされなかった。


 整備班長の附子島ぶすしま

 今日までさんざん無理を言い続けた。

 才能に恵まれず、高瀬の後を追いかけるだけだった私を『天才だ』と励ましてくれた。


 その他にもたくさんの仲間たち。

 彼らにまで、迷惑をかけてしまうのだろう。


 ……今さらだ。

 星環騎士になると決めた子どもの頃から。

 迷惑をかけずにいたことなど一瞬もありはしなかった。

 人と競うための星環騎士戦のはずなのに。

 人を傷つける前提の、今回の特別仕様の大楯と『翠兵旋すいへいせん』。


 標的は沖大地。

 ホームにおいて、自分の手で息の根を止めたいとまで執着しているのに、憎く感じていないことを今さら不思議に思う。


『試合でだけは、何をしても良い。

 ただし、試合の外では、分かるね――』


 ああ、そうだった。


 自分は初めから、高瀬の教えを守ってなどいなかった。


 今日、沖大地を仕留めて、今期の総合優勝を果たしたなら……

 騎士も人も失格の自分は消えてしまうことにしよう。


 高瀬と違って。

 行成は観戦施設ドームのざわめきをモニターに映さない。

 高瀬には活力源モチベーション

 行成には余剰物ナンセンス


 行成を称える観客の声が、届かない。




 ねえ、水平線の向こうには、何があるの?

 常世の世界?


 莫迦、明日の海が待っているんだよ――

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