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俺の腕、売ります。  作者: ももクリさんねんかきハチネン
第七章 褶曲する海嶺、観測される凝縮
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第72話「疼痛」

 炎のように熱い

 楔のように深い

 逃れられない痛み


 何度もすり減らされる

 何度も削ぎ落とされる


 ぜひ強く在って


 見えない傷を抱える人へ




平柱べいちょう星環群、法報はっぽう(廃棄星環)】


 『轟焔騎ごうえんき』操縦室内部。


 イライラする。


 炎城志朗は首に手を当てて、ゆっくりと筋に沿って撫でる。

 こんな日に限って寝違えるなど。

 水分もきちんと摂取したし、疲労を残さないように気を使ったというのに。

 薬を使うほどの痛みでは決してないが、気を取られそうで嫌気がさしてくる。

 左手首を右手で押さえる。


 いっそ今からでも鎮痛剤を服用するか?

 いや、痛み止めの副作用を思い出せ。


 たとえ少しでも意識を朦朧もうろうとさせるわけにはいかない。

 本末転倒でしかない。


 ……判断力が、鈍っている?


「焦るな。

 いつだって、ベストコンディションじゃなかった。

 今日は、それが寝違えというだけだ……」


 勝ったときも、負けたときも。


「恐れるな。

 相手だって、ベストコンディションとは限らない。

 過大評価も過小評価もするな……

 あるがままを受け入れるんだ」


 そして、大きく深呼吸をする。

 シートに体重を預けると、またも首筋に痛みが走る。

 やりきれなさにシートを強く叩く。


 こうなれば……開き直って怒りを溜めろ。

 思い出せ、5年前、いやもっとさかのぼれ。


 自分に『老い』『衰え』を突きつけてきた若者たち。


 自分に『引退からの復帰』をいさめた者たち。


 引退するや手のひらを返して礼文を持ち上げた者たち。


 どこの誰が、故郷を捨てたいものか――


 この身のすべてを捧げて、故郷に3度の総合優勝えいこうをもたらしてきたものを。


 俺の怒りは、こんなものか?

 寝違えくらいで、くもってしまう程度なのか?


 真っ二つに。


 やかましい騎士運など知るものか。


 することは、訓練いつものとおり。

 ただし、狙いを肩部から少しだけ中に。


 それだけでいい。


 礼文慎の末路ごと、見せつけてやる。

 その後ろにいる、故郷のものどもへ。





蒼炎山そうえんざん』操縦室内部。


 総合優勝戦線においてかろうじて先頭に立つだけの自分が、ここで負けることなど、許されない。

 まだ最終年度は中盤で、怪我をして戦線離脱することもまた、許されない。


 そのためには、長引かせず……


「Jammo,jammo,ncoppa,jammo ja!

 (さあ、さあ、登っていこう、さあ行こう!)」


『僕の両親と親友は――』


「Jammo, jammo, ncoppa, jammo ja!

 (さあ、さあ、登っていこう、さあ行こう!)」


『大統領は丹鶴にかくから出すべきだと』


「Funiculi, funicula, funiculi, funicula!

(フニクリ・フニクラ、フニクリ・フニクラ!)」


『僕は―』


「Ncoppa, jammo ja, funiculi, funicula!

(登っていこう、さあ行こう、フニクリ・フニクラ!)」


『最高の、星環騎士になります』


 長槍の柄を手首から肘関節部、肩部で巻き込むように固定する。

 そして長槍の石突の先を曲げた膝で受けることで、貫通力を高める土台とする。

 これは、人型でありながら人ではない星環騎士艇ならではの槍術だ。

 むろん、炎城志朗も知る小手先の技術である。

 普段の相手であれば、自分の操縦技術を駆使して必中としてみせる自信はある。

 だがこれは、炎城がかわしてくることを前提とした、いわば餌撒き。

 あちらの炎城の兵装が狙うのが、こちらの肩であろうが首であろうが。

 この小さく構えた本命の小剣が、互いの突進の勢いも利用して炎城がいる操縦室まで貫いてくれることだろう。


 無情にも、試合開始のブザーが鳴り響く。





 開始挨拶は、あくまで騎士同士の任意によるものである。

 やらなくても特に違反行為ではない。

 その儀礼的な開始挨拶をどちらも行わない。

 何となれば、開始ブザーが鳴るや否や、互いに申しわせたかのように偽装攻撃フェイントなしの吶喊を開始する。

 その姿が語るのは、待ちかねたぞ、どころの逸りではない。

 生き急ぐ武者同士で通じ合う無理心中のごとき度胸勝負チキンレースにも似て。

 構えた獲物を叩きこまんとする二機の星環騎士艇がすれ違いすら拒否した、三次元計測でも同一直線上の急接近を仕掛ける。

 そして、『轟焔騎ごうえんき』が衝突の寸前で体を捻る方向にスラスターを噴かせる。

 『蒼炎山そうえんざん』の長槍の切っ先を胸先一寸すれすれで躱しながら、自身の月牙鏟げつがさんの切っ先を相手の首元へ突きつける。

 一方、『蒼炎山そうえんざん』もまた同じ方向にスラスターを噴かせる。

 しかしわずかに間に合わず、月牙鏟げつがさんの切っ先は『蒼炎山そうえんざん』の頸部と左肩部の間、肩甲帯けんこうたいにめり込んでいく。

 それと同時に、右手に携えられていた小剣を『蒼炎山そうえんざん』が突き上げる。

 その鋭い小剣が目指す先は同じく『轟焔騎ごうえんき』の肩甲帯けんこうたい


《双方、そこまで! 動くな!》


 強引に通信で割り込んできたのは主立会人。

 本来であれば、規則第4条第一項の拡大解釈と捉えられかねない強権発動である。

 しかし……


 月牙鏟げつがさんは『蒼炎山そうえんざん』の左肩甲帯けんこうたいから胸部付近まで抉っている。

 小剣は『轟焔騎ごうえんき』の左肩甲帯けんこうたいに突き刺さっており、ただしこちらはより頸部に近い位置だ。

 そして何より、立会人たちの手元モニターでは、双方の操縦室最終殻まで亀裂が生じていることを示している。


 主立会人からの通信は続く。


《どちらかの非か、双方の非か。》


 これは、互いに操縦室を狙った機動であるのか。

 意図的かどうかを明らかにするのは、調査委員会に任せればいい。

 とにかく、これ以上は試合を続けることを立会人としては看過できない。


《操縦室最終殻まで亀裂が生じている以上、

 規則第3条第一項第1号の生命維持装置不全と同等の状態であると見なす。

 生命の危機があると立会人が認めた以上、異議は一切許さん。

 それから、シャボンシェルターの手動スイッチから手を離すなよ。

 自分たちが今、どういう状態なのか、頭を冷やして思い出しておけ》


 主立会人は、操縦室最終殻まで亀裂が生じたタイミングを審査AIに3回にわたって計測させた。

 3回とも答えは同じだった。

 そうなると、暫定的な勝敗については……


《計測の結果、

 破壊のタイミングは100万分の1秒まで同時と判定された。

 よって……》


 この試合の裁定は、主立会人、副立会人3名の合議に預けられた。

 永遠にも思える数分の後、裁定は下された。


《規則の第3条は標題に『勝利条件』とあるものの、

 内容は『敗北条件』であることが明白である。

 よって、完全同時に敗北条件を満たしたものとして、双方敗北と裁定する。

 なお、本試合については、先ほど述べたとおり、

 誰に非があるとまでは立会人の立場で裁定できるものではない。

 しかしながら、我々立会人一同、

 双方がともに危険を承知で回避しようとしなかった疑念を拭えない。

 この疑念は当然、星環騎士戦運営委員会に報告せざるを得ない。

 おって、沙汰を待て。以上!》


 通信が繋がっていれば、主立会人が椅子を壁に投げつける音と『私怨の私闘、まして殺し合いじゃないんだぞ、莫迦ども』と吐き出したのが聴こえただろう。


 5年越しの因縁の対決は、血を吐くような痛み分け。


 ギリギリと響く歯軋りは、どちらの操縦室から聞こえるものなのか……




 猛る想いを羅針盤に

 たどり着いた砂上の楼閣

 最良の道と疑わず

 目前で脆く崩れる砂の城


 後悔が喉の奥を鋭く焼いた

 あの日の正しさはどこへ消えた


 崩れた砂の山を踏み締めながら

 私はまた立ち上がる術を探す

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