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俺の腕、売ります。  作者: ももクリさんねんかきハチネン
第七章 褶曲する海嶺、観測される凝縮
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第71話「理不尽か、捨て身か、それとも無謀か」

 幾重にも絡み合った因縁の糸

 ともに幾百の夜を越え


 その拳に宿した執着も

 すべてはこの戦いのために


 おれの役目はここまで

 あとはお前の魂が向かうままに




望澪もりの星環群、伏露ふくろ(居住星環)】


 杉原行成 VS 沖大地

 その前日。


 ホテル古珀苑の一室。


「乾燥質量に違いが見られる」


 鋼谷が厳かな口調で告げた。

 騎士運が公開している、事前検査済の『翠兵旋』の最新データと過去のものを比較してみた結果である。

 鋼谷の経験則では、基本的に『翠兵旋』をはじめとする澪和騎士団の騎士艇は、超高速度を前提とした ピーキー騎士艇であることから、試合ごとのマイナーチェンジを避ける傾向があったという。


「楯の方の構成だが、鉄が多過ぎるのも引っ掛かる。

 大地に照準を合わせて策を弄している可能性がある」


 実のところ、当初決定済みであった別の冠試合に割り込んできた形での杉原行成との対戦というのも気にかかるところである。

 行成に対する対戦戦績としては大地の2勝であるものの、これまでは相手の精神面の弱点を的確に押さえて罠に嵌めてこれたというのが大きい。

 本来の杉原行成は、前期王者の礼文慎以上の星環騎士であるというもっぱらの評価である。

 実際、礼文慎を相手に7勝6敗とわずかであるが勝ち越している。

 また、今年度にトップリーグまで復帰してきた炎城志朗も、行成にだけは5戦5敗。


「このぐらいのレベル帯になると、

 誰が一番というより、

 じゃんけんみたいな相性で団子のようになってもおかしくはないが……」


 行成のトラウマ克服については、前回対戦の時点で把握済である。

 さすがに今回は安々と網に絡まってはくれまい。

 未経験尽くしといえば、今回の冠試合の費用もそうだ。

 そのほとんどが、有志からの支援によるもの。

 行成本人も家を売り払ってまで資金を準備したと聞く。


「相手が人生かけて挑んでいるってのに、

 もう勝ったつもりになってなってやしないか、大地」


 いつもなら、鋼谷がまとめたレポートにあれやこれや質問攻めにしてくる大地が、このところ出たとこ任せでいいじゃないか、という空気を醸し出すようになってきた。


 負ける気が、しないんだもの。


 鋼谷は大地を叱責しようとしかけたが、深いため息をついた。

 ひよこリーグから高瀬長門と戦うまでは連勝続き、その高瀬との再戦以降も負け知らず。

 高瀬との初戦ほどでないにせよ、今回の行成にお灸をすえてもらった方がいいのかもしれない。

 ただ、怪我だけは、しないでくれよと鋼谷はどこかにおわします尊きお方にこっそり祈った。


 今さらなんだけど……


「何か、気になることがあるのか」


 騎士戦規則上の勝利条件が同時に発生した場合とか、どうなるの?


「基本的には番号が若い順だ。

 第2条のモニター未搭載は論外でアウト、

 ほかは、例えばだな……

 第3条で生命維持装置機能不全とその他の機能不全50%が同時発生なら、

 勝ちは1号の生命維持装置機能不全が有効に……」


 いや、そうじゃなくてさ。

 俺と相手とで、同時に発生した場合さ。


 鋼谷は腕を組んで天井を向いた。


「俺の記憶だと、

 それぞれのモニターは100万分の1秒で同期させてあったはずだ。

 まず同時というのが発生しない」


 それでも、発生したら?


「……勝敗を決することができない場合は、第4条で立会人による裁定だな。

 こういう場合は前例踏襲なんだが……」


 鋼谷は端末を操作して過去の騎士戦履歴を探ってみた。

 少なくない数が立会人裁定とされているが、公式記録において見落としがなければ、大地が訊ねるところの双方が完全同時に勝利条件を達成したケースはなかった。

 鋼谷は自分の個人端末でストップウォッチアプリを開いた。


「これは、100分の1秒まで計測できる。

 つまり、100万分の1秒は、これの1万分の1」


 人間が狙ってできることではない。

 もし、天の配剤でそんな事態が起こった場合は。


「立会人に、祈れ」





 カフェ/永瑛日和 オープンテラス。


《沖 希倫 様 星環暦367年@月@日 完食

 『クリーミーアボカドソース特大盛

  &3種のダブルチーズ・

  クアドラプル・サバサンド』》

《沖 大地 様 星環暦367年@月@日 完食

 『レッドホット・クアドラプル・サバサンド

  /サワークリーム添え』》


 期待の眼差しを向ける店員や一般客を尻目に、大地はノーマルサイズの『スモークチリソース・サバサンド』と『フライドサバチップスとレタスと白マッシュルームのコンビネーションサラダ』をそれぞれ2人前を注文した。


「私の食べる量に合わせなくてもいいのよ?」


 佐祐倫さゆりはせいぜい4人前くらいの量だと思っているのだろう。

 いや、その認識は普通の店ならば正しいのであるが。

 一瞬オーダーを取り消して、佐祐倫さゆりの分も込みでクアドラプルに発注しなおそうかという考えが大地の脳裏をよぎった。

 二人ともクアドラプルなら、逃げ場なしだ。

 クアドラプルは、パンの長さは同じだが直径がノーマルの6倍、つまりパンは36倍の体積。

 具材を挟む切れ目はクアドラプルの名前のとおりノーマル1本に対して4本、すなわち、具材も4倍である。

 普通の人間なら30人がかりでも食べきれるかどうかという量である。

 これを、2つ。


 もし、佐祐倫さゆりが食べきれなければ、しわ寄せは恐らく自分の方へ来る。

 いや、きっと佐祐倫さゆりは食べきらず、しわ寄せを自分の方へ回す。


 想像するだけで腹がいっぱいになってきた。

 佐祐倫さゆりに思い知らせる代わりに、大地は両の手のひらでクアドラプルのおおよそのサイズを再現して見せた。

 それを見た佐祐倫さゆりがカラカラと笑った。


揶揄からかうのも、ほどほどにしてよ。

 あなただけならまだしも、希倫さんの名前も書いてあったじゃない。

 私、ちゃんと見たんだから」


 佐祐倫さゆりはふふんと誇らしげに鼻を鳴らし、片方の口角を持ち上げた。


 現物を目の前に突きつけてやりてえ……


 そのとき、先ほど注文した品が届けられた。





平柱べいちょう星環群、紫若しじゃく(居住星環)】


 さて……

 行成が横車を押したことによるツケは様々なところに影響していた。


 炎城志朗の新戦法の最初の相手。

 当初の犠牲者からスライドにスライドを重ねた結果。

 割り当てられたのはよもやの、礼文慎。

 こちらも5年前の最終戦で第42期総合優勝の行方を決定づけた因縁の好カード。

 最終年度の中だるみの時期を引き締める、ギャンブル好きだけでなく星環騎士戦ライト層にまで響く2つのカードが提供されたのだった。





 不知火騎士団事務所 仮眠室。


「もう、5年も経ったのか。

 年寄りの冷や水などと冷やかされるのも、致し方なし、か」



 相手が誰でも、変わらない。

 明日を迎える準備は、数カ月もかけてすでに終えている。

 今日は、ただ備えるのみ――





諸角もろずみ星環群、丹鶴にかく(居住星環)】


 礼文本家 応接室。


 副委員長たちの顛末を報告し終えた建花は口をポカンと開けた。

 こんなにも機嫌のよい礼文・但馬・太陽を見るのは、久しぶりの気がする。


「本当に、大地くん絡みでこちらの思惑がいい方へ転んでいくよねえ。

 ああ、大地くんが何かをしているわけではないんだけれど。

 歴史ってきっと、こういう人が回していくんだねえ」


 沖大地という一介の騎士の存在がそんな大袈裟な話になるのですか、と建花は訊ねてみた。

 その質問に、太陽は小首を傾げた。

 どのように返事をすべきかを逡巡しているのか。


「いえ、機密や政治性の高い話が含まれるのであれば、結構です」


 建花はただの好奇心です、と質問を取り下げた。

 自分こそ、一介の騎士運の委員長である、と。


「……謙遜することはない。

 随分な重責じゃないか。

 スクール時代の同窓の仲でもある君じゃないか。

 何なら、僕の初恋の人を妻にしておいて、今さら何を遠慮するんだい?」


 建花は人生何度目かの失笑を浮かべた。


 当の本人にはまったく告白せず、友人の自分に紹介した挙句に式の前日のバチェラーパーティーでようやく白状したかと思ったら、ほぼ10年ごとに当てこすりやがって。


「副委員長ね、最期の最後で、面白いことをしてくれた。

 杉原くんと大地くんの因縁。

 慎くんと炎城くんの因縁を結び付けてくれて、

 古くから横槍を入れ続けてきた一部の私設カジノグループごと

 大人しくさせるネタをまとめて提供してくれたわけだよ」


 太陽は満面の笑みで両手を天に掲げた。


「これはもう、儲けといってもいいのでは?」


 そう言うと太陽は天から降ってきた洗髪剤を振り払うように激しく顔を振った。

 太陽から視線を逸らした建花は、軽くため息をつくとソファに背中を預けた。

 応接室に、太陽の笑い声が大きく響いた。




 敗北という呪縛を背負うきみ


 栄光という幻想を振り払うあなた


 ただ前へと足掻くさまを見つめるだけ

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