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俺の腕、売ります。  作者: ももクリさんねんかきハチネン
第七章 褶曲する海嶺、観測される凝縮
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第69話「迷執桟道」

 視線を奪う遙かなる大路

 群衆のどよめきが 正面の門を叩くとき

 背後の闇が 密やかに抜け道を開ける


 この退路なき淵こそ

 次なる奇跡の産声の舞台

 これぞ空気を震わす鋭き凱歌




望澪もりの星環群、澪安みみずく(研究星環)】


 澪和航空本社。


 澪和航空代表の元に杉原行成と澪和騎士団マネージャーが訪れていた。

 代表の手元の端末には、行成から提供された委託業務仕様書と正式な見積依頼書が表示されていた。

 冠試合運営業務の見積依頼を辞退するかどうかなど、本来なら代表が応対する話ではない。

 かつて澪和航空の一部門であったことから騎士戦に関わることも多く、冠試合の開催・運営に限らず、望澪もりの星環群ではその手の経験が一番豊富であることは間違いない。

 ただ、望澪もりの星環群で星環騎士戦の冠試合を運営できる企業は澪和航空だけではない。

 そもそも、今年度については、この澪和航空は沖大地戦を前提とした冠試合を行わない旨、目の前の杉原行成に通知してあるのだ。


「費用の問題ではないと、以前も申し上げた通りですが……」


 その通知で引き下がったかに見えた行成は、望澪もりの星環群の住民にクラウドファンディングをで支援を募り、この1カ月ほどで目標金額を遥かに上回る支援を集めてしまった。

 恐らく、この目標金額を見積もり、仕様書を設計した協力者は澪和航空内部にいる。

 経営陣の中にも、この冠試合に賛同しそうな人物が複数思い当たる。

 代表から、直々に辞退しておく必要があった。

 高瀬なき今、この行成は望澪もりの星環群の希望の星、いや、戦績ではデビュー以降、類を見ない好成績を上げ続けている望澪もりの星環群史上最高の星環騎士である。

 5年前の第42期最終年度に受けた大怪我さえなければ、望澪もりの星環群に初の総合優勝をもたらしていたとされる。

 もしも行成が要望する相手が大地でさえなければ、たとえそれが前期王者の礼文慎や秒の壊し屋となった炎城志朗であっても、澪和航空代表は冠試合スポンサーに名乗りを上げることに異存はなかっただろう。

 いかんせん、相手が悪過ぎる。

 壊し屋の炎城は騎士艇と乗務員である騎士の体を破壊してきた問題児だが、沖大地の方は騎士戦を、酷い場合には対戦した騎士の人生そのものを破壊してしまう死神だ。

 恐ろしいのは、沖大地の影響がもはや星環騎士戦に留まっていないことだ。

 星環群連合のほとんどの区域の住民は、厳しい生活を強いられ続けている。

 中でも貧困層には一部の富裕層への不満が無視できないほどに高まっている。

 経済力底辺の瑞穂の中でもさらに貧困層出身の沖大地は、当人の意図ではないにせよ、不満を抱えた貧困層のあらがいの象徴として扱われ始めている。

 望澪もりの星環群にも、すでに兆しは見られている。

 星環群を超えた貧困層の救世主が、望澪もりの星環群に降り立ち、地元のエースである行成を倒しでもしたら……いや、でもしたら、ではない。

 行成は、すでに二度も沖大地に完封されている。

 わざわざ火種を持ち込みたくはない。

 総合的な判断で、澪和航空として沖大地を呼ばないと判断したのだ。


「ええ、費用の問題ではありません」


 代表の焦りを知ってか知らずか、冷めた口調の行成であった。

 行成も自宅を引き払って、自身の貯えのほとんどをクラウドファンディングに注ぎ込んだ。

 常人であれば背水の陣、後がない状態で焦りもしよう。

 行成からすれば、冠試合の運営に慣れている澪和航空に打診しているだけに過ぎない。

 断られたなら、他の企業、何なら複数の共催でよいと割り切っている。


「私の人生で最大にして最悪の障害……

 これを取り除かずして、総合優勝するなど……

 ありえない」


 そう語る行成の目には狂人の光はない。

 ただ、淡々と。

 しかし、譲らない。

 代表は、自分の前任でもある杉原マネージャーに救いを求めた。

 あなたは自分の息子を、星環文明を壊しかねない死神の生贄にする気なのかと。


「これを止められるのは……あれだけなのです……」


 父であり、騎士団マネージャーであり、元代表である男からの血を吐くような明言。

 もう流せる涙も残されていない、乾いた慟哭。

 代表は目の前にいる騎士が、死神に執着した、人の形をした何かであることに、ようやく気付いた。





諸角もろずみ星環群、陣治じんち(政治星環)】


 星環騎士戦運営委員会事務局 応接室。


 行成は、年間順位表彰などの公式行事では副委員長とよく顔を合わせていたが、今回のように二人だけで対面するのは、実は初めてである。


「正直、今年度の沖大地くんの冠試合の申し込みは、

 最終試合まで候補が一杯でしてね。

 これから次の次の試合日程分を抽選するのですが、

 落選するや否や別の試合日程に申し込む企業が引きも切りませんで……」


 行成は副委員長の言い分に頷いたように見えた。


「沖くんに雪辱したい。

 総合優勝を狙うにあたっても、ライバルを一人ずつ潰したい。

 いや、わかりますよ。

 しかし、なにぶん私、いえ、騎士運は、

 一人一人の要望をすべて叶えるというわけにはいきませんので……」


 副委員長の唇の端が下種げすな形に歪む。

 賄賂を寄こせとでも言いたげだ。

 だが、副委員長は言わない。

 自発的に貢げということなのだろう。

 行成はそれまでの無表情から一転、破顔一笑した。

 その口元は、三日月のように開いていた。

 そして胸ポケットから個人端末を取り出し、少し操作をしてから副委員長に渡した。

 行成をよく知る者がいれば、まず、その笑顔に仰け反っていたかもしれない。

 表面しか行成を知らない副委員長は、言いたいことが伝わったものと見て、ほくほく顔になった。


「話は、先につけてある。あなたが、よく知る相手だ」


 行成は固定された笑顔のまま、副委員長に渡した個人端末を指さした。

 副委員長が私設カジノの傀儡であることは、周知の事実。

 すでにそちらは抱き込んであった。


 星環騎士戦トップリーグ第43期最終年度。

 この最終年度の年間1位は沖大地の独走状態で、誰が沖を止めるのかは今年度のテーマである。

 しかし5年度という時間をかけた総合優勝戦線の方はと言えば、混迷の一途を極めている。

 本命の礼文慎と対抗の杉原行成がどちらも4年度に不在だったこと。

 3年度から参入してきた新進気鋭の沖大地が4年度を全勝優勝し、いまだに勢いが止まらないこと。

 この最終年度に炎城志朗がトップリーグに返り咲いて荒らしまわっていること。

 賭け客から見て、この見透かしづらい展開は面白かろう。

 とはいえ、誰が総合優勝に辿り着くかという議論が飽きられ始めた最終年度中盤では、テーマが絞りづらくなっている。

 そんな中での、本来の対抗馬である行成じぶんと赤丸急上昇である大地。

 行成の戦果次第で、礼文が頭一つ抜けるのか、あるいはさらに混沌を増すのか。

 売り上げが中だるみする時期に、大いに興味を集める組み合わせ。


「……話は、済んだかな?」


 見ると、先ほどまでのエビス顔はどこへやら、副委員長の顔面が蒼白になっていた。


「次の、試合組み合わせを……

 変更だなんて……

 決定済みの冠試合なんだぞ……」


 行成の不自然な笑顔が戻らない。


「失礼、普段は表情を使わないものでね」


 肩を落とした副委員長を尻目に、行成は応接室を後にした。

 急な冠試合の変更調整により、どんな困難が副委員長や騎士運に降りかかるのか。

 行成にはまったく興味がなかった。





北斗ほくと星環群、瑞穂みずほ(居住星環)】


 赤銅騎士団事務所。


 騎士運の急な通知を受けた佐祐倫さゆりは、執務室の白石美月の元に駆け付けた。


「……私一人だからよかったけど、入る時はノックくらいしなさい」


 すみませんと頭を下げる佐祐倫さゆり


「何か、急ぎかしら」


 佐祐倫さゆりは一呼吸置いて大事な伝言を伝えた。


「次の試合、日程はそのままですが……

 対戦相手と試合会場が変更になりました」


 次の試合の組み合わせ通知は先週あったばかりで、そこでも冠試合として大地が招待されることが決まっていたはずだ。

 そして、次の試合日程まで、もう1カ月を切っている。

 当初の相手に欠格事項でも見つかったのかしら、と呟いた白石は黒崎運輸に移動スケジュールの組み直しを依頼するように佐祐倫さゆりに指示した。


「こちらに向かう途中で大筋を連絡してあります。

 この後、大地くんと滋野さんを捕まえて、黒崎運輸の本社で打ち合わせの予定です」


 佐祐倫さゆりもまた、白石たちの元で成長を遂げている。

 自分の後継者として佐祐倫さゆりを候補に考えていた白石としては嬉しい限りである。

 また、大地を瑞穂から離さない一手としての佐祐倫さゆり投入であったが、現在、水面下で進んでいる諸角もろずみ星環群への大地の移籍がまとまれば、コントロール役の自分だけでなくプライベートパートナーになりそうな佐祐倫さゆりまで付いて行くことになりそうだ。

 赤銅騎士団は、今後の北斗星環群における新たな産業、騎士育成システムの中心となる予定が組まれ始めている中、頭の痛いことである。

 本業である赤銅騎士団のマネージャーだけでなく、大地の移籍後の調整や北斗星環群の輝かしい未来の前準備まで関わらされて、白石美月は本当に多忙なのだ。


「……話が早くて助かるわ。

 私は騎士運の方に問い合わせをしておきましょう」


 それでは、とバタバタと走り去る佐祐倫さゆりを見送った白石は、電話で事務方に騎士運北斗事務所に繋ぐように指示した。

 トップリーガーともなると、騎士戦だけが仕事ではない。

 特に大地のように星環群を跨いで人気の出始めた騎士ならなおさらだ。

 スケジュール調整そのものは、ほとんど大地の個人秘書である佐祐倫さゆりに任せるにせよ、迷惑をかけることになる相手先には騎士団マネージャーである白石も頭を下げる場面があるかもしれない。

 すぐに電話が鳴った。

 事務方から、騎士運北斗事務所長に繋がったとの報告である。

 電話を取る前に、白石は小さく吐き捨てた。


「ホント、騎士運のジジイども。

 仕事しないくせに、こっちの仕事ばっか増やしてくれちゃって」


 問い合わせという名の、猛抗議をしておこう。




双向「早かったな。

   バスが出るまで、時間に余裕がある。

   どうしたものか」


行成「では、補給しておこう」


双向「……冗談だろ?

   生ゴミとまでは言わんが、

   ここの飯は食材をそのまま食った方がましなレベルだぞ」


行成「栄養が破壊されているのか?」


双向「……味以上に」


行成「では、無駄な行為か。

   補給は澪安みみずくまで控えることにしよう」

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