第68話「不適切」
まずは温かい黄金のスープ
カリッと焼けたスコーンを散らして
濃厚な香りと
サクサクのハーモニー
始まりを告げる
優雅なひととき
続いて登場
菜園のスコーン
にんじん玉ねぎ
細かく刻んで
外はサクサク
中はしっとり
贅沢な前菜
微笑みがこぼれる
お次は
大人なサーモンのスコーン
あられに切った身と
チーズをのせて
海の旨みと
コクある塩気
お口に広がる
抜群の出逢い
メインを飾るは
プレーンのスコーン
あえて硬めの生地に
厚切りハムを
武骨な旨みと
強い塩気
噛みしめるたび
広がるしあわせ
そして締めくくる
甘いスコーン
ふんわり焼き上げ
ベリーを飾って
季節の果実が織りなす魔法
しあわせ運ぶ
甘いエンディング
鋼谷宅。
それは、大地がスコーン中心のコース料理を振る舞っていたときだった。
祝勝会の翌日に、たまには全力にも勝利のお裾分け、と張り込んだ大地。
まずは、かぼちゃのスープに焼き立てカリッカリのスコーンを砕いて散りばめて。
濃厚なかぼちゃの香りに、クルトン代わりのサクサクの食感と香ばしさが溶け込んでましてよ。
そして、野菜たっぷりキッシュ風のスコーン。
細かく切ったほうれん草や玉ねぎ、にんじんを生地に混ぜ込んで、外はサクサク、中はしっとりとした贅沢な前菜になりますわ。
続けて、あられ切りにしたスモークサーモンとチーズを散りばめたスコーン。
スモークサーモンの旨みと、塩気のあるクリームチーズのコクが抜群ですわ。
メインは、硬めに仕上げたプレーンスコーンに厚切りハムを載せて。
あえて硬めに焼いたプレーンスコーンと、塩気の強い厚切りハム。
ともに食べ応え抜群の贅沢な組み合わせなのです。
締めはふんだんに果物とベリージャムを載せたふんわりスコーン。
最後はふんわり焼き上げた甘いスコーン。
季節の果物とベリージャムが幸せなエンディングを提供いたします。
「大地兄さん」
全力が改めて居ずまいを正した。
どうした?
感動したか?
「さすがにパン屋では、言えないことですけど」
何を言う気なの?
「今でも、僕は……母さんの料理が全星環群でも最高だと信じています」
お、おう……
「正直、賛星を離れて瑞穂に来たのは、
独りを寂しがっていた父さんと住むためであって、
料理修行しに来たというのは、
嘘とまでは言いませんが、本心ではありませんでした」
まあ、修行先も決めずにこっちに来てたしな。
普通は店くらい当たりつけてから来るだろ。
「勘違いしないでほしいのですが、
瑞穂の料理を莫迦にしていたわけじゃないんです」
まあ、そんな印象は受けなかったかな。
「経済面においては賛星も瑞穂も五十歩百歩、大差ありません。
文化的に差があるとは考えていなかったんです」
そう言われても、俺の方は賛星をろくに知らんしな。
「瑞穂の食文化が、こんなにバラエティ豊かだなんて。
僕は、猛烈に感動している」
拳を握って力説するほどかな。
「大地兄さん、改めてお礼を言わせてください。
あなたが居なければ、父さんも瑞穂に居なかったし、
僕もここに来ることは、たぶんなかった」
そんな熱烈に手まで握らなくても、照れるじゃんかよ。
「この瑞穂で、僕は料理を究めてみせます。
そして、いつの日か、賛星に戻って、
郷土料理と瑞穂の料理をハイブリッドした店を構えるのです!」
ずいぶんと強く出たな。
まあ、お前くらいの年齢ならそれぐらいの方がいいのかもね。
「つきましては……
僕を希倫さんのパートナーとして認めていただきたく……」
はい、高い高い、高ーーーーい。
大地は迷わず全力を引っ掴み、全身のバネを使ってあやしてやった。
「わーっ、大地兄さんには、
もう佐祐倫姉さんというパートナーが、
いるじゃないですかーーーっ」
はしゃぐ二人をよそに、おとなしくスコーン料理を味わっていた鋼谷琢磨。
「なあ、全力」
「なんですか、父さん」
「克己に近寄ってくる異性をどう思う?」
「まず●します。
それから、どう処分するか、考えることにします」
全力は即答した。
琢磨は力強く何度も頷いた。
いや、鋼谷さん、そこは止めましょうよ。
「いい心がけだが、お前は、処分だけ手伝え。
克己にちょっかいを出す不届きものを●すのは、
一家の主である俺の仕事だ」
お前にはまだ早い、と琢磨は息子を諫めた。
二人の気の早いことに、全力の妹である克己はつい最近8歳になったばかりである。
それ以前に、ほとんど単身赴任の一家の主ってどうなのよ、とは大地は言わない。
「……話が逸れた。
つまりは、そういうことをやろうとしているんだぞ、全力」
全力は父の言葉が飲み込めずキョトンとした。
「わからんのか?
希倫ちゃんが欲しければ……」
琢磨はずっと仁王立ちの大地を指さした。
「お前は、いずれこの大地を倒さねばならんのだ」
「そうか、ただお願いしていては、足りなかったんだね」
勝手に話を進めるんじゃない。
俺を倒そうが……
希倫はやらん!
「あの……まだ、肝心な本題が……」
全力がまたも居ずまいを正してきた。
「紅茶が渋くて、せっかくの料理が台無しでした」
夢よりも、決意表明よりも、恋愛模様よりも。
料理が一番の鋼谷全力だった。
黒崎住建宅/佐祐倫の実家。
なぜ今頃になって和解することにしたのか。
赤銅騎士団のお節介とは別に、佐祐倫にも思惑があったのだ。
「こと診療やカウンセリングについては、身内よりも第三者に頼む方がいい」
両親の出会いは黒崎運輸。
住建は黒崎運輸の嘱託産業医として、紬生は公認心理師の資格を持つ人事・労務担当として。両親は職務連携をする中で、愛を育んだのである。
大地が心に抱えた傷をどうにか癒したい。
いきなり誰かに相談するにも佐祐倫には、ハードルが高かった。
どの医師やカウンセラーが適切かもわからない。
口の固さも求められる。
今や大地は北斗だけのものではないのだ。
どこからスキャンダルになるか、わかったものではなかった。
「いい医者もカウンセラーも知っているが……
大地くんの表面は、自分がそうだと気づいてないんだろう?」
佐祐倫は頷いた。
大地にしても、普段は自覚していないトラウマのことで診察や相談に誘っても乗ってこないだろう。
このまま大地と過ごしていけば、いずれ自分までがおかしくなってしまう予感もあった。
とにかく、親身になって相談できる相手が欲しかった。
両親ならば、申し分ない……
「とりあえず、気づいたことを、どんなことでもいい。
記録を取りなさい。
何もないときがどうなのかも、重要な情報になる。
大地くんには、佐祐倫の日記、
あるいはアイデアノートとでも説明しておきなさい。
ああ、大地くんのことだけじゃない。
一緒にいるのが長いなら……
佐祐倫についてもだ」
ところが、父の発言の中で、佐祐倫が気にかかったのはまるで別のことであった。
「大地くんを、もう身内扱いしてくれるの?
この前みたいに、猛烈に反対されると思ってたけど?」
住建は深く、深くため息をついた。
「……あのときは、こちらの感覚が、
お前が家を出た年齢のままだったからな」
住建はソファから立ち上がってキャビネットに保管されていたお気に入りのブランデーを取り出した。
佐祐倫の目が期待で大きく広がった。
だが、お前は車だろう、と住建は娘の分は注がなかった。
その代わりに炭酸水のボトルを投げ渡した。
期待を外されて佐祐倫は唇を尖らせる。
「家を出て10年……もっと経ったか。
改めて娘の年齢が身に染みて理解できてしまうとだな……
お前と一緒になってくれそうな相手が、神様に見えてくるってものだ」
佐祐倫としては、そんな聞きたくもない理由で父が大歓迎モードに切り替わっていたとは想像もしなかった。
とはいえ、最大の障壁が消えたことに変わりはなく。
いや、その問題はそこではない。
「まだ捕まえきれてない……」
下を向く佐祐倫。
「そこは、『機会を逃がすな』としかアドバイスできん。
既成事実づくりとして、大地くんをうちに連れてくるのも構わんが……」
住建は手にしたブランデーを呷った。
「あの手の人間は囲うと逃げるように感じるんだな」
佐祐倫も父と似た仕草で炭酸水を呷って、むせた。
「男性目線で、何か、ないの?」
咳き込みながら、つっかえつっかえ訊ねる佐祐倫。
「私に似た男を好きになってから、その質問をしなさい」
失笑しながら、それでも住建は考えを巡らせた。
「正直な話をするなら……
男に、それがどんなプレイボーイであっても、恋愛相談するのは悪手だ。
こと恋愛に関しては、男は女に勝てんようにできている……と思う」
住建は妻に聞かれていないかと慎重に周囲を見回した。
紬生は、仕事で不在なのだが。
くわばら、くわばら。
固く閉ざされた心を溶かしたい
かつて 背を向けた愛を手に
恐れずに 前へ




