第67話「最適解」
神に愛された ただひとりの者よ
おまえに捧げられた すべての寿ぎが
そのまま この胸を抉る刃に変わる
傷つけ合うために瞬く星屑
互いにその幻影を妬みながら
永遠に渇き続ける美しき虜囚たち
【平柱星環群、紫若(居住星環)】
不知火騎士団 訓練施設。
シミュレーターによる模擬戦闘を終えた炎城志朗に、すぐ傍で控えていた大野間が挨拶をする。
早朝から小休止を挟みつつも、8時間ほどの強行軍。
杉原行成に完封されたことを受けて、武器と戦法の洗い直しを行い、その集大成としての体への焼き付けにはどうしても長時間の慣熟訓練が必要だった。
疲れ切っていたが、大野間の底抜けの陽気さが不思議と炎城にはありがたい。
手を挙げて待ち構えている大野間と礼代わりのハイタッチをして、席を譲った。
気合を入れているつもりなのか、大野間は誰に見せるでもなく大見得を切ってからシミュレーターの中に消えた。
何とも憎み切れない男だ、と炎城は苦笑してその場を後にした。
シミュレーター室に隣接した分析室のドアを開けると、教官が炎城にドリンクを差し出してきた。
「手ごたえはありましたか?」
他の騎士には泣く子も黙る鬼教官なのだが、炎城相手だとまるで教師に対面した学生のような態度になってしまう。
特別扱いは不要だ、当初からそう言っているのだが、いかんせん不知火騎士団では炎城は経営陣を除けば年嵩の部類である。
炎城が初めてトップリーグ総合優勝したのも、20年近く前のことになる。
年度優勝なら25年前……
自分が騎士を目指して切磋琢磨している頃には既に第一線にいた炎城に厳しく当たれというのも難儀な注文なのかもしれなかった。
ともかく、一気に疲れが降りかかってきた身には、水分はとてもありがたい。
それでも急がず、何度かに分けて含みながら嚥下する。
ベテランであるからこそ、加齢からくる体力の衰えを無視してはいけない。
「この新兵装の月牙鏟……
癖はあるが、斧槍を使っていたからか、慣れると馴染む」
それは長柄の先端に、平たくしたスコップのような刃と、三日月形の鎌刃を組み合わせた武器である。
本来は遺体を埋葬するための道具で、旅人が護身のために転用/改良したとされる。
有名どころでは『西遊記』に登場する沙悟浄が得意とする武器である。
槍の間合いと貫通力を残しつつ、三日月刃で相手の腕部や肩部を絡め取ることも可能だ。
炎城にとって月牙鏟は、斧槍よりも明確に制圧力を高めた槍という感覚である。
「斧槍よりも、
ずっと『突く』イメージのまま、『斬る』『押さえる』が出来るようになった」
それはもちろん、『轟焔騎』の腕ニトロ機構ありきの戦法ではある。
仮に将来、騎士運が複数同時のニトロ機構使用を禁じることがあったとして、それまでは有効な手段としてフル活用させてもらおう。
星環騎士戦規則のほか、戦争の兵器開発に転用しないという前提の金科玉条があるとはいえど、星環騎士艇や騎士戦の新規技術開発をしない理由にはならない。
200年余りの時を経て、今の自分の存在が騎士戦改善の風潮を生むきっかけになったのだとしたら、それはそれで本望ではないか。
「戦法が適正かつ安全であるか、これは解析するまでもありません。
慣熟訓練の仕上げである本日の記録では、
AIはもちろん、対人を合わせても30回中25回、
騎士艇肩部を切断してからの戦闘不能まで追い込めています。
8割を超えた成功率なら、騎士運も文句は言えませんよ」
不知火騎士団には炎城と大野間を除いて5人の騎士が控えとして在籍しているものの、彼らの力は実質セカンドリーグクラスで、まして衰えてきたとはいえ体力お化けの炎城と付きっ切りでは持たないのだ。
そのため、反応速度の制限を解除されたAIを交えての訓練を行ってきたところだ。
8割ね、と炎城は呟いた。
苦手とする杉原を想定するのであれば、炎城としては成功率9割を超えたいところである。
「まだ、『判断』をしているのかもな。
『歩く』ように、突かなければ」
まだ訓練を続行すると言い出しかねない炎城に対して、それはあくまで理想です、と教官は宥めた。
休息も訓練の一部である、以前にそう言っていたでしょうと。
『負うた子に教えられ』だな、そう言って炎城は肩の力を抜くと近くにあった椅子を脚で手元に引き寄せた。
「ちょうど大野間がシミュレーターに入ってますし、
教官的な目線で診ていただけませんか。
炎城さんのヒントにもなるかもしれません」
炎城が快く応じると教官は大野間のリアルタイムデータを表示した端末を示した。
端末を見やすい位置で炎城は椅子に腰かけた。
「訓練で見る限り、大野間は決して最弱ではありません。
実際、不知火騎士団で大野間に勝ち越しているのは炎城さんだけです。
本来トップリーグ1勝で終わるような男ではないはずなんです。
壁があるなら、壊してやりたい」
その1勝も負けて負けて負けた先に、前期王者の礼文慎から奪い取ったものだ。
普通ならトップリーグとはいえ、これだけ負け続けていてはファンやスポンサーはもちろん、教官だって見放すものだ。
だがそれでも、応援し続けたくなる何かが、大野間にはあるのだろう。
そういえば、この教官は大野間の従兄なのだったな、と炎城は思い出した。
身内だと目が曇るのは、この鬼教官にも当てはまることらしい。
本人には何度も伝えたことだが、と炎城は前置きしてから解説を始めた。
「大野間は、頭が良過ぎる。判断が速過ぎる……」
思いもよらず、炎城から大野間を認めているかのような発言がされたので、教官は鳩が豆鉄砲を食ったような表情を浮かべた。
つい、判断が速過ぎるのならば、勝てない理由にならないのではないか、と反論してしまう。
「判断が速過ぎるから、考えて行動しても大抵の場合は『間に合ってしまう』。
普通は考えていたら『間に合わない』のだ。
だから、苦しい局面ほど『最適解を探して考えてしまう』ことに慣れてしまっている。
これが大野間が『トップリーグで勝てない』ことに合わせて、
『最後まで食い下がることができる』という現象を同時に説明できる、
俺なりの最適解だ」
天才過ぎるのだよ、と炎城は吐き捨て、情報が多過ぎて茫然となった教官を置き去りにしてシャワールームに向かった。
そう、炎城が見る限り素質と才能ならば、大野間は歴代トップリーガーでも恐らく1位か2位の水準なのに……
困難に対して最適解を最高速で導く頭脳があるがゆえ……
人類最速の判断で戦う限り、大野間は条件反射で戦うトップリーガー相手には、未来永劫勝つことができない。
騎士、大野間の不幸である。
そして、『生ける伝説、元絶対王者』が『星環騎士戦トップリーグ最弱にして最後まで食い下がる騎士』を見る視線には、尊敬のほか羨望と嫉妬と僻みが入り混じっている。
互いに、ルサンチマン(※)――
【北斗星環群、瑞穂(居住星環)】
鼻歌を歌いながら、大地はオーブンを少し開いて中を確認した。
焼き上がりは上々に見える。
嬉々として熱々のオーブンから取り出したるは、丸々としたスコーンである。
ほど良く焼けた小麦とバターの香りが台所に広がっていく。
試しに一つを割ってみると見た目フンワリ、手触りしっとりの、お店で出せるんじゃね、と自画自賛したくなる出来栄え。
「何を作ってるの?」
美味しそうな香りに惹かれて佐祐倫が台所にやってきた。
大地は天板に乗せられた会心のスコーンを披露した。
この前、紬生さんに振る舞ってもらったでしょ?
あれが美味しかったんで、レシピを教わっておいたんだ。
「……いつの間に母さんと仲良くなってたの?」
だって、お父さんは怖いままだったし、佐祐倫さんは甘えん坊さんに退行してたし、話ができそうなの紬生さんしか居なかったんだもん。
母に大地を横取りされた気分になってやや攻撃的になりかけた佐祐倫だったが、実家でポンコツになっていた自分の、まさに目の前で教わっていたのだった。
まったくもって反論する隙もなく言葉に詰まった佐祐倫をよそに、手元のスコーンを指さしながら想いを広げる大地。
教わった通りのプレーンタイプだけど、いろいろ工夫の余地ありそうだよね。
香りづけに砕いた茶葉を混ぜてもいいし、砂糖を抑えた生地にチーズを砕いて混ぜてもいいんじゃないかな。
あ、チーズを使うなら、いっそトマトも使ってピザ風にしてもいいよね……
「え……と、作るの、初めて、よね?
母さんに教わったって言ったし。
私、スコーンをこんなに綺麗に膨らませたことない」
幼い頃からその母から教わりつつも受け継げず、あっさり大地に母の味ごと持っていかれた気がしてへこんでいる佐祐倫を尻目に、大地は焼き上がったスコーンを天板から陶製の大皿に移していく。
紬生さんと同じ材料を使っているなら、生地を練り過ぎているんじゃないかな。
うどんとかパンの場合は生地をよく練らないとだけど、クッキー作りのつもりで軽く練ってみれば近いんじゃないかな。
スコーンの失敗作を見てもいない大地に、心当たりがあり過ぎる原因を指摘されて佐祐倫が頭を抱える。
ま、食べる分には気にしなくていいよ。
膨らまない、中身の詰まったスコーンも好み次第なんだし。
食べ応え重視なら、さっき例に挙げたピザスコーンなんて、パンよりクリスピー好みの人からすれば、膨らんでない方がむしろ良くなるんじゃないかな?
さ、作り置きのベリージャムと今日のために水抜きしたヨーグルトがあるから、それをトッピングしてお茶請けにしようか。
紅茶の方は、紬生さんから佐祐倫さんに任せろって言われたけど?
任せろなり~ぃ、と紅茶の淹れ方には自信がある佐祐倫は現金にも元気を取り戻し、棚から茶葉を取り出した。
(※)哲学者ニーチェが提唱した概念で、敵わない相手に対して、強い恨みや嫉妬心を抱えてくすぶっている状態のこと。
急ぐことはない
午後のひとときの甘い香り
一緒に作って
一緒に味わう 幸せの味
これぞ 最適解――




