幕間「心理線」
潮目が変わる
人の知らぬ間に
中華料理屋 倍陪亭。
珍しく黒崎運輸社長の黒崎壮健に会食の予定がなく、昼食を共にすることになった黒崎健吾。
昼間は開放していない2階の宴会室に案内され、VIP待遇で2人きりである。
やがて、大皿で運ばれてきた名物の白金チャーハンと回鍋肉に壮健が手を叩き、舌鼓を打つ。
健吾は手のひらサイズの茶碗に壮健の分と自分の分を取り分けていく。
「……佐祐倫姐ちゃんに、できることはないか?」
元は、大地に諸角星環群からのスカウト話が進んでいるという話題だった。
黒崎運輸としては、大地がいるからスポンサーについたという面がある。
今後については?
それは黒崎運輸のビジネスの話。
だが、大地が瑞穂、いや北斗星環群から離れてしまうのであれば、健吾にはビジネスとは別に懸念することがあった。
大地に固執するであろう従姉の佐祐倫である。
まだ決定的な間柄まで進んでいるのかいないのか。
大地の性格では佐祐倫を連れて行かないことも十分にありうる。
両者と関わってきた健吾からすると、どちらにとっても不幸だと思うのだ。
「家を出た身だからな。
儂の立場から頭越しに何かするのは、よろしくない」
壮健の方は、おくびにも出さない。
「俺が……」
壮健は健吾を手で制した。
「儂らが、ではない。人目のことも考えなさい」
壮健は茶碗に盛られた大好物のチャーハンを次々に口に運ぶ。
なかなかの健啖家である。
「じゃあ、できることがないってことか?」
壮健は健吾の方を見やって、少し残念そうな表情を浮かべてから首を傾げた。
「……ずいぶん、増えただろう? 人との繋がりが?」
健吾に対して、このところ壮健はそのものずばりを言わなくなってきた。
考える材料がこれまでの会話の中にある場合は特に。
「……佐祐倫姐ちゃんがプライベートも含めて相談が出来て、
俺とも繋がっていて……?」
「人を動かすのは、大変だ。
人を変えるのはもっと大変だ。
人へのアドバイスなど、
良かれと思うほど相手には毒皿にしかならんことだって往々にしてあること」
壮健は白金チャーハンの取り皿分を食べ切り、お代わりを要求した。
健吾は受け取った茶碗に、こんもりと盛り付けた。
佐祐倫は壮健にとっても可愛い孫の一人だ。
とはいえ、親と仲違いして家を出てしまった以上、表立って支援するのはそちらの家の顔を潰してしまうので、手出しや支援はできる限り控えているのだ。
しかし、やはり肉親に激甘なのが壮健でもある。
「健吾、佐祐倫が味方を増やすには、どうすればいい?」
健吾はひとしきり考えを巡らせるが、いい案が浮かばない。
「……条件問わずに佐祐倫を助けるのは、誰だ?」
まだ人の親でない健吾には、難問なのかもしれない……
赤銅騎士団事務所 会議室。
「どういう集まりかな?」
休憩時間だというのに、呼び出されたチーフメカニックの滋野は先にいた面子を確認した。
黒崎健吾。メインスポンサー黒崎運輸の御曹司にして、団員でもないのに赤銅騎士団の宴会部長。
白石美月。赤銅騎士団の総合マネージャー。
白石海月。流通の妖精さん。
鋼谷琢磨。アドバイザー。実質、大地のお守り。
そして、自分を呼びに来た弟子にして直属部下の竹島健司。
「昼食時間に急な呼び出しをして、申し訳ない。
お詫び代わりに、仕出し弁当は準備させてもらった。
口に合えばいいが……」
健吾が口火を切った。
どうやら、この御曹司が会合の主催者らしい。
健吾は、プライベートに関わる微妙な話題であるが、と前置きした。
祖父の壮健から与えられた宿題。
大地が諸角星環群へ渡った際の繋がりとして、佐祐倫を大地の傍に置きたいという思惑までは言わず。
佐祐倫の、なかなか先に進まない恋愛模様を支援してくれる味方を探したい、とだけ説明した。
人の恋愛事情に首を突っ込みたくないという面々を尻目に、海月が率先して元気よく手を挙げた。
「お―――か―――さ―――」
はりきって、普段なら人の3倍はかかる話す時間を、なんと2.5倍までの早口に縮めた海月の意見を、姉の美月が『佐祐倫が仲違いした親に頭を下げたらいいんじゃないか』と翻訳した。
人の親である滋野と鋼谷は一も二もなく賛成した。
会議の議題は、あっさり終わった。
問題は、どうやって佐祐倫を納得させるかである。
このところアドバイス役としては信用を失いつつある健吾では、どうも無理そうだ。
といって、他に適任がいるのかというと……
「み―――ん―――な―――で―――」
海月がまたもはりきって、立ち上がって両手を広げた。
滋野も手を挙げた。
「希倫ちゃん、呼ぼう」
仲間は多い方がいい。
普段なら、滋野はこんなことを思ったりもしないのだが。
赤銅騎士団事務所 会議室。
「何の、会議ですか?」
佐祐倫は、北斗総督である鈴来との食事会のために出雲(政治星環)まで出掛ける大地を瑞穂のベイエリアまで送り届けたところで、急な会議があると言われて呼び戻された。
秘書である自分が同行しなくてはと食い下がったが、そちらはどうにか手配すると言われて、やむなく引き返してきたのだった。
佐祐倫は会議室を見渡した。
既にいた面子は、従弟の黒崎健吾。
白石美月マネージャー。
デザイナーの白石海月さん。
アドバイザーの鋼谷さん。
整備班の滋野さんと竹島くん。
そして、大地くんの妹……『魔法のパン屋』からそのまま駆け付けたのかウェイトレス姿の希倫さん。
会議室のモニターも端末もオフになっている。
自分が到着してから会議資料を表示するつもりだったのだろうか。
は―――――い、と海月が手を大きく挙げた。
ずいぶん張り切っているように見える。
海月の間延びしまくった話し方は、佐祐倫にはどうにも頭に入ってこない。
いつものように、お姉さんの白石美月マネージャーの翻訳を待つことにする。
新たなグッズ展開か何かだろうか。
それにしては、いつも笑顔の海月を除いて全員の表情が一様に暗い、というか面倒くさそうだ。
奥にいた希倫のこめかみを押さえる様子が、佐祐倫の視界に映った。
「何か、面倒ごとでも?」
まさか、大地に見せられないトラブルでも起こったのだろうか。
人生の岐路とは、大抵本人の居ない場所にあるものだ。
帰れぬ家路を
いざ行かん――




